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「安・史の乱」と藤原仲麻呂の滅亡 第九巻

「安・史の乱」と藤原仲麻呂の滅亡

称徳天皇の側近となり、即位を狙った道鏡の前身は新羅の孝成王だった。

著者 小林惠子
ジャンル 日本古典・歴史
シリーズ 日本古代史シリーズ
出版年月日 2012/11/10
ISBN 9784329004796
判型・ページ数 4-6・280ページ
定価 本体2,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

まえがき
第一章 藤原広嗣の乱
1 天平聖武(高斉徳)を支えた橘諸兄と藤原光明子
2 天平聖武即位直後の渤海による新羅攻め
3 遣唐使多治比真入広成と中臣朝臣名代の明暗
4 新羅孝成王即位を推進した天平聖武
5 阿部(孝謙)内親王の立太子
6 天平十一年、渤海使者、二回目の来日の意味
7〝藤原広嗣の乱〟の真相
 結 び
第二章 安積親王の謎の死
1 新羅孝成王の日本亡命
2 天平聖武はなぜ華厳宗を国教にしたか
3 安積親王の突然の死
4 落日の天平聖武を援護する渤海
5 天平聖武譲位と孝謙即位の波紋
6 新羅王の関知しない新羅王子金泰廉の来日
結 び
第三章 橘奈良麻呂の変
1 鑑真の来日
2 天平聖武の死
3〝奈良麻呂の変〟前夜
4〝奈良麻呂の変〟の真相
結 び
第四章 藤原仲麻呂(恵美押勝)の乱
1 天平宝字二年の渤海使来日と新羅征討計画
2 渤海使者、高南申の来曰と藤原清河邸
3 新羅征伐の挫折
4 独裁者から反逆者への過程
5 仲麻呂一族の敗死と淳仁天皇の死
結 び
第五章 称徳天皇の死と道鏡の配流
1 道鏡の出自
2 新羅孝成王→林王→道鏡の政治工作
3 渤海の攻勢
4 道鏡と八幡神宮
5 和気清麻呂と八幡神託宣事件
6 称徳天皇の死から光仁朝成立の過程
結 び

あとがき
新装版にあたって
主な文献
関連年表

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内容説明

 長屋王を滅ぼすために藤原宇合や橘諸兄に擁立され、来日した大陸から来た聖武は七四四年、息子の安積皇子を即位させようと恭仁京に遷都した。しかし亡命先の旧百済から来た白壁王(後の光仁天皇)らに阻止され安積は殺された。この後、急速に藤原光明子と仲麻呂が接近して聖武を譲位に追い込み、称徳天皇が即位する。
 やがて安禄山が蜂起すると、仲麻呂は安禄山に荷担した。彼は唐の役職に就いていた在唐中の藤原清河と共闘し、唐側の新羅を攻めようと計画する。しかし七六三年、「安(禄山)・史の乱」が終焉すると、仲麻呂は実権を失い、翌七六四年、海外に亡命しようと琵琶湖まで来たところで山辺王(後の桓武天皇)らによって、一族は滅亡させられた。

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