ホーム > 多氣志樓蝦夷日誌集 下

内容説明

千七百七年、帝政ロシアはシベリアを南下して千島列島から蝦夷地を窺ふに至り、德川幕府は東西蝦夷地の調査・開拓に着手した。松浦武四郎は弘化二年に東西蝦夷を、三年に更に進んで樺太を、嘉永二年には三度目の探險を終り、安政元年に再度の樺太探險に赴いた。圖版多數を收載した西蝦夷、石狩、天鹽、夕張、後方羊蹄、十勝、久摺納紗布、知床、東蝦夷、唐太、北蝦夷探險の各日誌である。

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