目次
Ⅰ 日本古典文学における「実学」の転回
第一章 タテ(超越的)ではなく、ヨコ(超越論的)への位置取り
― 丸山眞男「福沢における「実学」の転回」の論考に導かれて
第二章 文学の「ことば」のプラクシス
― 小森陽一著『ことばの力 平和の力』に導かれて
Ⅱ 「歴史物語」を遠く離れて
第三章 「言語論的転回」以後の歴史叙述は、どうあるべきか
―『今鏡』から『愚管抄』へ
第四章 旅するテキスト―『愚管抄』の再帰的用法をめぐって
第五章 制度(システム)の〈ウチ〉と〈ソト〉
―『愚管抄』にみる、「謀反/悪主押込」の論理
第六章 偽装の言説―『愚管抄』にみる、方法としての〈老い〉
Ⅲ 「日記文学」を遠く離れて
第七章 かくもいちじるしき、『源氏物語』の〈影〉
― はじまりの『更級日記』
第八章 喧嘩の舟路―『高倉院厳島御幸記』にみる〈交通〉
第九章 ボロメオの結び目―水村美苗著『本格小説』を読む
第十章 選択された〈無知〉
― 水村美苗著『私小説from left to right』にみる、レヴィナスの〈影〉
内容説明
これまでの国文学研究の枠組みから大きくはずれて挑戦する!
古典テキストは理解不能で異質な「他者」からの贈り物だ。
理解不能な異文化として古典をとりあつかい、私たちが身をおく〈今・ここ〉へとたぐり寄せ、古典と向き合う。その返す刀で、古典テキストを縦の関係ではなく横に位置する並行関係に置き、境界を横断し新しい領土の地図を作成する、横っ飛びに「往きて、還る」やぶにらみの眼差し。