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広開土王の謚は仁徳天皇 第三巻

五世紀・南北朝時代

広開土王の謚は仁徳天皇

漢人の南朝は衰退し、遊牧民の拓跋鮮卑が北魏を建国した 半島・列島は北魏に追われた遊牧民の草刈場と化した

著者 小林惠子
ジャンル 日本古典・歴史
シリーズ 日本古代史シリーズ
出版年月日 2011/11/15
ISBN 9784329004734
判型・ページ数 4-6・260ページ
在庫 在庫あり
 

目次

序文にかえてー広開土王碑文 六の謎 
第一部 国際人広開土王と列島
 第一章 広開土王の正体
 第二章 広開土王と苻洛(応神)の激突
 第三章 苻洛(応神)側の後燕、土王(仁徳)と戦う
 第四章 広開土王、仁徳に変身する
 第五章 土王(仁徳)、倭王讃として南朝宋にも送使
 第六章 隠された、もう一人の高句麗王訥祗 
 第一部のまとめ          

第二部「倭の五王」の真相
 第一章 百済王餘映、履中天皇になる
 第二章 新羅王訥祗は允恭天皇(倭王済)
 第三章 『記紀』に反映されている允恭天皇と高句麗王高?の攻防
 第四章 安康天皇、市邊押磐王朝を簒奪
 第五章 雄略は百済の将軍昆支だった
 第六章 市邊押磐の子、弘計(顕宗天皇)と億計(仁賢天皇)
 第七章 百済王牟大、武烈天皇になる
第二部のまとめ               

 あとがき
新装版にあたって
参考文献一覧

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内容説明

五世紀の前半、北アジアで拓跋鮮卑が北魏を建国した。一方、倭国では慕容鮮卑(景行勢力)は符氏(応神勢力)によって半島に駆逐され、勢いに乗った応神は倭国から半島に渡った。当時、慕容氏系の安氏が中国東北部から高句麗にかけて勢力を張り、倭国から出陣した応神と戦った。広開土王の碑にある「海を渡って攻めてきた倭人」とは応神勢力のことであり、安氏とは広開土王のことである。しかし四一四年に土王は慕容鮮卑系の北燕に追われ、南朝東晋の承認を得て日本列島に渡る。彼が倭の五王の初代、讃であり、日本名は大鷦鷯、謚は仁徳天皇である。二代目珍は履中天皇、あるいは反正天皇、三代目済は允恭天皇、四代目興は安康天皇で、五代目武は雄略天皇である。

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