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継体朝とサーサーン朝ペルシア 第四巻

六世紀・騎馬遊牧民全盛時代

継体朝とサーサーン朝ペルシア

サーサーン朝ペルシアをも制覇した西アジア発生の騎馬民族エフタルの一派が一挙に列島に上陸した。継体朝である。

著者 小林惠子
ジャンル 日本古典・歴史
シリーズ 日本古代史シリーズ
出版年月日 2012/01/15
ISBN 9784329004741
判型・ページ数 4-6・228ページ
定価 本体2,000円+税
在庫 在庫あり
 

目次

まえがき
  第一部 西アジア系遊牧民エフタル(継体朝)の到来
第一章 継体朝に投影している新羅にわたったスサノオ
第二章 中央アジアのオアシス都市亀茲から来た加羅王
第三章 新羅の脱解に投影される智証麻立干
第四章 新羅王・智証は継体天皇だった
  第二部 北の草原ルート
第一章 ローマン・グラスの謎
第二章 世界をかけ巡る騎馬民族軍団
第三章 継体は「草原ルート」から倭国へ入った
第四章 騎馬民族エフタルの興隆
  第三部 列島・半島を支配した継体の子供たち
第一章 百済王・聖王は欽明天皇だった
第二章 欽明・宣化、三国で覇をきそう
第三章 倭国における継体エフタル王朝の終焉
  第四部 空白の倭国
第一章 倭国に侵攻した新羅・真興王
第二章 敏達は百済の地に追われた
第三章 聖徳太子来日前夜
あとがき
新装版にあたって

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内容説明

 六世紀の晋・宋と続く漢民族国家は衰微の一途を辿り、北魏も東西に分裂した。まさに中原はがら空きとなったのである。この空白の時期、まず北西アジア発生の遊牧民エフタルが勢力を持った。エフタルは発生の地が北西アジアにあるところから、ササン朝ペルシアの影響を強く受けていた。その一派が中央アジアを経て紀元五〇〇年に新羅から列島に侵入し、百済系の雄略勢力を駆逐した。『記紀』にいう継体天皇である。しかし倭国は百済から来た蘇我氏が雄略朝時代から土着し、倭国の実権を握っていた。継体の嫡子欽明が五四〇年頃、即位すると、百済王(聖王)を兼任したが、五五二年に新羅兵に殺された。倭国・百済共に無王時代になり、ますます蘇我氏一族の専横時代になった。
 一方、西魏から派生して全国統一を意図する隋が五八〇年に建国した。その隋と戦って敗れた突厥の大可汗が高句麗・百済を経て六〇〇年に王不在の列島に亡命した。聖徳太子である。

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