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第59回 ジョルジュ・バタイユと斬首の空景

                                                        第59回 2015年2月





                  ジュルジュ・バタイユと斬首の空景

                                                                             
                                        
                                                                     

鈴木創士




ジョルジュ・バタイユ 無神学大全 全三巻『内的体験』『有罪者』『ニーチェについて
ジョルジュ・バタイユ他『無頭人(アセファル)
ミシェル・レリス『成熟の年齢』『闘牛鑑』『夜なき夜、昼なき昼



 ジョルジュ・バタイユの『有罪者』。「無神学大全」の一冊である。バタイユは「現下の災厄」という章を以下のように始めている。「現下の災厄」という、あるいはバタイユ風とも言えなくもない言葉に留意すべきである。タイトルの言葉にはそれなりの意味がある、とここであらためて断っておくべきなのだろうか。



                           ジョルジュ・バタイユ


 「第二の手記を、私は北フランスで戦闘の行われている最中に書きはじめる。理由を告げることはできない。ある不可解な必然が私にのしかかっている。私の中で、すべてが暴発し、角(かど)だち、凝集している。すべてが呪われている」。


 「あまりにも大きな、しかもうちつづく事件は、ついには沈黙へと追いやるだろう。私の文章は私から遠く離れてあるように思われる。つまり、そこには息切れが欠けているのだ。今、私は、ことばを失って口ごもりたいと思う。私は今ほどおのれに確信を持ったことはない。私にあっては、私の思考の輝きは、光のたわむれという形でしか、目を灼きつぶす隠密のたわむれという形でしか、私を残りなく表現することができない」。


 「あらゆる意志、待望、戒律、絆、燃えるような生の諸形式、それに不動産、それに国家、どれひとつとして、死に脅かされぬものはない。明日にも消えぬと言い切れるものはない。天の高みにまします神々も、その高みの台座から墜落する危険があろう。戦士が殺される危険があるのと変わりはないのだ。このことを理解し、また確信しつつも、私はべつに高笑いもしなければ恐怖することもない。大抵の場合、私の生は不在のままだ」。


 「かつてないほど遠くまで行きついて、昨夜私は、いっそう透徹した明晰さに手の届くような気がした。私は眠ることができなかった。それは辛いことだったが、また、失くしたものを見つけるような造作もないことでもあった。ものを失くせば私たちは苦しい思いをするが、見つかってしまえばもうそれは面白くもないのである。一日中、生は、私の中で堅固に、おのれを確信しつつ歩みつづけた。探していたことばをついに見つけたのだと考えても、それが私には空しいことと見えたのだ。心を無防備にするような単純さをそなえたそのことばを、私は容易にここに示すことができる。だが、それを見つけたと考えることは、私においては、交感と対立する想念なのだ。今、私は倦怠に捉えられ、勇気を挫かれている」(出口裕弘訳)。


 これらの言葉、苦悩をかすめ、あるいは苦悩に満ち、あるいは苦悩を嘲笑うようなアフォリズム風の手記を延々と引用し続けることはできる。でも私はジョルジュ・バタイユではない。久しぶりに繙(ひもと)いたこの本の幸運が、偶然が時間の擾乱のなかで持ち得たかもしれぬ、時宜にかなったささやかな僥倖を私に差し向けただけである。バタイユは息切れできないことに明らかに苦しんでいる。それが手に取るようにわかると言えば私のうぬぼれになるのだろうか。息切れができない。息切れしなくてはならない。何に、どんな風に息切れするのか。普通に考えれば、奇妙なことだ。ところで生の欠如がいたるところで幅をきかせていることは誰もが知っている。バタイユはそれがまさに自分のなかで、厳格この上ないと思われた自己統御のなかで起きていたことを知っている。それは自己の責任とは何の関係もない、と断るまでもないだろう。バタイユにとって息切れの欠如とは生の欠如と同じ状態を示しているが、バタイユ本人は少なくともそのことを不満に思い、その不満を根絶やしにしたいと考えている。書くことはそのためになされたのだろうか。あるいは、彼の同時代の詩人たちとは違って、書くことは、その痕跡を消し去ってしまうこと、その消滅を熱望することだったのだろうか。


 私には、これらのバタイユの文章について、なにか気の利いたコメントを付け加える気はさらさらない。私は無責任にこれらの文章を放っておく。別にこの引用でなくても、この本からなら別の文章を引いてもよかったのだから、むしろバタイユの文章のトーンを感じ取ってもらえればそれに越したことはない。わが国の大メディアで日々横行しているような、あまりに白痴的なまでに犯罪的なまでに浅薄で、あまりに悪臭紛々たるまでに軽々しい言葉をここにいま列挙する気にはなれなかったからだろうか。白痴的なまでに軽々しいことは、こと事実の見聞に関する限り、人を完全に小馬鹿にし、愚弄することであり、これ以上の不誠実はない。とはいえ、ここで、軽率にも、私はそれによって何かを言いたいのだということをそれとなくほのめかしているのだろうか。そうでもないし、そうではない。何も言うことはない(*注1)。ここでは、これらのバタイユの文章がたまたまそこにあったということを示すことができれば、それで十分なのである。


 バタイユは明らかになぜか偶然というものを恐れているが、偶然をぎりぎりのところで準備したもの、途上にある偶然を完全には廃棄しないまでも、偶然を結局のところ最後の最後に無に帰せしめた何かがあるように思われる。これらの引用はしたがってほぼ偶然の振舞いによるものであるが、それにもかかわらず言葉は、あらゆる期待に反して、そこでおのずと言われたのであるし、言われなければならなかったのだ。マルクスは言った(実際には、彼はこれをわざわざラテン語で書いた)、「私は言った、そしてわが魂を救った」、と。わが魂だって?
 大袈裟に言えば、その偶然とやらに関して、私はすでにシュルレアリストではないし、シュルレアリストたちにとっての、偶然性のそもそもの師匠であるかもしれないマラルメにもまた逆らっているのだと言えるのかもしれない。骰子(さいころ)の一擲(いってき)それ自体を生み出す行為は、偶然とは何の関係もないのである。それはすでに偶然が廃棄された後に現れるだろう。ところで、唐突ながら、偶然は果たして必然という死の死をも齎(もたら)すものなのだろうか。必然は偶然のからくりではないのだし、死に関して言えば、死が偶然をはからずも準備するのである。


 バタイユの『ドキュマン』の新訳(江澤健一郎訳)が文庫になったので、これまたずいぶん久しぶりに読み返してみた。「ドキュマン」とはドキュメント(参考資料、文書、文献)のことで、いろんな意味でかなり異様な、つまり誰ひとり自分たちの雑誌にはつけたがらないようなタイトルだが、バタイユが何人かの協力者とともにやっていた、ひとまずは学術雑誌である。創刊されたのは1929年だったが、参加したのは、美術や考古学や人類学のアカデミックな研究者たちだけではなかった。分野の異なる学者たち以外には、ミシェル・レリス、ロベール・デスノス、ジョルジュ・ランブール、ロジェ・ヴィトラック、ジャック・バロン、ジョルジュ・リブモン=デセーニュ、アレホ・カルペンティエル、ジャック・プレヴェール、レーモン・クノーなど、ほとんどがシュルレアリスム・グループからの離反者である作家や詩人たちがいた。
 当時、ドキュマン・グループはブルトン率いるシュルレアリスム・グループと鋭く対立したが、しかしこれは歴史の一エピソードであり、ありていに言って、いまとなっては大した意味はない。バタイユはブルトンと後に和解し、最後まで恐らくお互いウマが合わないながらも尊敬し合っていたような節があったし、ファシズムに対抗して政治的にも共闘したことがあった。それにブルトン対バタイユ、ブルトン対アルトー、等々、という何の危険もともなわない、日本の研究者たちが常套手段にしていたような子供じみた図式に昔から私は飽き飽きしているし、そんなことはどうでもいいのである。
 勿論、彼ら、バタイユやブルトンたちが大真面目ではなかったなどと言いたいのではないが、だいたいフランス人の思想家や作家たちの対立を、お行儀のよい日本の思想・文学研究者たちがおしなべて右に倣えするように、あまり深刻に受け取る必要などこれっぽっちもないと私は考えている。彼ら、フランス人たちはたいていはおしゃべりであり、これ見よがしの自己中心的な喧嘩好きであり、係争とも言えないようなあれこれの喧嘩沙汰も、たいがいがパリという狭い世界のなかで起きた、笑ってしまうようなエピソードにすぎないのだし、彼らはフランス革命から現在にいたるまで、しょっちゅう喧嘩と和解を繰り返しているのだから。
 その意味では、いつもとは違って、今回のフランスの漫画新聞社襲撃テロに抗議する何十万人もの全員一致のデモは別の意味で異様であり、希望も絶望もともにかなぐり捨てたかのような、無節操でインチキ臭い、愕然とするようなフランスの新たな光景だった。ましてや恐怖政治(テロル)、テロリズムという言葉と理念は、自由・平等・友愛の思想とまったく同じ時節に、つまりフランス革命のさなかに、イスラム過激派によってではなく、まさにフランス人によって発明されたのだからなおさらである。まるで平和のピクニックにでも行くかのように、デモのさなかに自由・平等・友愛を口にしている人たちが映像によって全世界に示されたのだから、それを指摘しておくくらいは別に非礼なことではあるまい。


 雑多さという点で非常に特徴的であり、抜きん出て秀逸としか言いようのないこの雑誌の第一号に、バタイユ自身の手になる「低次唯物論とグノーシス」という文章が掲載されている。
 「人々は、監獄が看守から生まれたのか、看守が監獄から生まれたのかを知ろうと大騒ぎしていた」。
 グノーシス主義はなにもキリスト教に特徴的な異端思想であるとは限らないようであるし、ゲルショム・ショーレムもユダヤのグノーシスについてどこかで語っていたくらいだから、その二元論的起源がマニ教にあるかどうかは別としても、支配的ギリシアの一元論に対する全面的闘争として存在したことだけは確からしい。それは宇宙(ユニヴァース)を強硬突破することであり、ヘレニズム文化と中東の政治的文化的混沌と軌を一にしていた。それは国際バロックの最初の坩堝ともいえる混沌だった。
 この世は悪の神である造物主デミウルゴスによって作られたものであり、魂は地上に失墜して物質となったと言われる。善なる神は遥か彼方に鎮座ましまし、魂はこの世というドロドロの汚穢のなかを転げ回り、悪の執政官アルコンによってすべての精神的物質的ネットワークが統治されることとなる。自律的にして積極的原理である低次元にある物質。悪の原理と悪の絶対的存在。というか物質的存在は低劣な悪によってしか考えることはできず、下劣なものに対しては、高級な原理は結局のところ何もできないのである。
 この物質は理性によってその究極を限界づけることはできないのであるし、要するに存在論を前提とするような、即自的な存在ではあり得ないのだから、したがってこのような唯物論からすれば、理性と存在はより低次のものにしか従属することはできない。低次唯物論とはそのような意味であり、弁証法的唯物論がそこから出発したヘーゲルの思想のなかにもこのような二元論があったのだ、とバタイユは言うのである。


 私の好きなグノーシス研究家であるアンリ=シャルル・ピュエシュはこの雑誌の執筆者のひとりでもあるのだが、彼の本『グノーシスを探して』に収録された「トマス福音書」から一節を翻訳しておこう。この「トマス福音書」は、エジプトで農夫によって土中から掘り出された壷のなかに入っていたパピルスで、『ナグ・ハマディ写本』と呼ばれる写本に含まれるグノーシス文書のひとつである。
 曰く、「イエスは言った。世界を知った者はひとつの死骸を見つけた、そしてひとつの死骸を見つけた者に、世界はふさわしくないのだ」。


                            ジョルジュ・バタイユ『エロスの涙』より

      
 かつては生きていた死骸、どん底まで落とされた死体を通して垣間見られた世界、同時にこのドロドロの汚物である世界といかなる関係を持てば、保てばよいのか。われわれは、自分たちのことを棚に上げて(江戸、京都、大坂で、斬首された首が晒しものにされ、並んでいたのはいつのことなのか。ギロチンを発明したのはどこの国なのか)、無数の死体からなるひとつの死骸を前にして、ひとつのジレンマに陥っているように思われる。死体を見出したのは誰なのか。私はかつての自分への反省をこめて言うのだが、世界はそもそも暴力に取り憑かれている。同様に、平和という「高級な」観念は無力であり、この際何の役にも立たない。この点に関して「低次唯物論とグノーシス」というこの不思議な論文のなかでバタイユはとても重要な指摘を行っていると思われる。
 「グノーシス主義者やマニ教徒がかつて暗黙のうちに観念論的視点を捨てたように、今日それを公然と捨て去るなら、悪による創造行為の結果を自分自身の生に見いだしていた人々の態度は、まさに根本的に楽観的に思える。悪そのものが神を前にして応える必要がなければ、まったく自由でありながら悪の虜になることができるのだ。執政官〔アルコン〕たちにすがったからといって、存在する事物が高級な権威に従属することが、心底から望まれたとは思えない——執政官はそのような権威を永遠なる獣性によって打ち砕くのである」。
 この視点を敷衍すべきなのだろうか。何に関して? さあ、さあ、私のコラムはここまでである。


 最後の余白に。この学術雑誌のなかに、本邦初訳の「空間」と題されたきわめて興味深いバタイユの文章があるので、それをこれ見よがしに引用しておく。これを紹介しない手はないし、なにしろこれは「辞書」の項目だそうなのである! ちなみに「空間」の他の執筆者はアルノー・タンデューとミシェル・レリスであった。
 「(…)残念ながら空間はならず者のままであり、それが生み出すものを数え上げるのは難しい。哲学者というパパが大いに絶望することだが、空間はひとが詐欺師であるように不連続なのだ。
 さらに、職業ゆえであれ暇ゆえであれ、当惑してであれ笑おうとしてであれ、しがらみのない度し難いものの振る舞いに興味を抱く人々に、思い出させなければ悔やむことになろう。すなわち、恥じらいをもって背けたわれわれの目の前で、いかに空間がお決まりの連続性を断ち切るかということを。理由を述べることはできないが、女装した雄猿が空間の分割にほかならないとは思われていないのだ。実際に、空間の威厳はかくも確かに確立され、星々の威厳と関係しているため、空間は他の魚を食べる魚になることもできると主張するのは非常識である。何人かの絶望的に不条理な黒人が行う秘儀伝授のおぞましい儀礼、等々といった形を空間が帯びると言えば、さらに空間は恐ろしく失望を招くだろう。
 もちろん空間は、自分の義務を果たして、教授たちのアパルトマンで哲学的観念を生み出すほうがはるかに良いだろう!
 教授たちを監獄に閉じ込めて空間とは何かを教える(たとえば、彼らがいる独房の格子窓の前で、壁が崩壊する日に)などということは、とうぜん誰にも思いつかないことであろう。」(『ドキュマン』)



* 注1  ここでは何も言うことがないのだが、最近少しだけ言ったことがあるので、わが国の政治に関して私のTwitterからあえてここに転写しておこう。

 
  テロリズムは戦争行為なのだから、テレビで皆が言っていたように、イスラム国がただの追剥ぎなどとは甚だしい考え違いだということがはっきりしたということだろ。親イスラエル国家を歴訪して悦に入っていた安倍がいくらテロリズムを非難しても全くの無意味。安倍の馬鹿政権ども、これが戦争なんだよ!

 
  (続き)全てがパレスチナ問題に端を発していることを、案の定、日本が十字軍と名指しされていることをどう考えているのか。国際平和? 安倍はイスラムと戦う「大義」を持っているんだろうな。西側諸国、フランスやイギリスやアメリカ人には、何百年に亘る一神教の長く暗い歴史があることを忘れるな。

 
  (続き)従って人質の危険が迫っていた時にイギリスの首相と電話会談など笑止千万を通り越している。馬鹿もここに極まれりではすまないが、それにしても戦争やりたくてうずうずしている情けない安倍の名だたる極右取り巻きも、政治に関しても戦争に関してもドシロウトだったことが白日の下に露見した。

 
  なんべんも繰り返すが、だからこそわれわれの友人である坂口安吾が言っていたのだ。「戦争はバカかキチガイがやるものだ」と。戦争、すべての戦争は宗教戦争である。バタイユは、我々は度し難いまでに宗教的であると言っていたが、その通りだ。俺にごちゃごちゃ言ってくるネトウヨ、さあ反論してみろ!


  日本の右翼もご多分に洩れず極端に劣化したものだ。安倍の取巻や女性閣僚や補佐官や屁右翼テレビタレントを見ていると本当に寒気がしてくる。戦犯になった大川周明はそれがどうであれかつてイスラム教やコーランを研究しろと言っていたはずだ。イスラム学の泰斗井筒俊彦氏はその影響を受けたはずだ。

 
  ノマド的戦争機械がいかに「国家」に対抗し得るのかを我々はすでにドゥルーズ・ガタリによって知っていたのではないのか。国家が国家と認めないものこそが国家に対抗する。イスラム国のテロリズムは戦争の一形態でしかない。安倍と屁右翼の取り巻きどもよ、何度も言うがこれが君達の好きな戦争なのだ。
 
  https://twitter.com/sosodesumus

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