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第68回 ベルナール・ラマルシュ=ヴァデルと小説『すべては壊れる』

                                                          第68回 2015年11月





 ベルナール・ラマルシュ=ヴァデルと小説『すべては壊れる』





                                                                        鈴木創士





ベルナール・ラマルシュ=ヴァデル『すべては壊れる』(11月中旬発刊)


 

 


 「もう誰もが誰にとっても誰でもない」(ベルナール・ラマルシュ=ヴァデル)。

 


 ベルナール・ラマルシュ=ヴァデルは1949年フランスのマイエンヌ県に獣医の息子として生まれ、2000年に自らの頭をピストルで撃ち抜いて自殺した。
 今回、『すべては壊れる』を翻訳したのだし、以下は、まだ未刊の訳者後書きに書いたことと重複するところもあるだろうが、まあ、いいだろう。

 

 もうずいぶん前の話になるが、ベルナール・ラマルシュ=ヴァデルが小説を書いていることを新宿のバーで宇野邦一さんから聞いたとき、ああ、ヨーゼフ・ボイス論の美術評論家だなと思ったくらいで、あまりぴんときてはいなかった。宇野さんはラマルシュ=ヴァデルに会ったことがあり、その小説を原稿の段階で読んだらしく、最初の長編小説『獣医』を翻訳する気はないかと宇野さんから勧められたのだが、私はその小説の存在すら知らなかったので、勿論、その場で返事はできなかった。
 このようにして自分が翻訳すべき著者と出会うことはそれまでまったくなかったので、少しばかり面喰らったが、ラマルシュ=ヴァデルが監修していたクリスチャン・ブルゴワの美術評論叢書や彼のやっていた雑誌『アルチスト』を手に取ったことはあったし、それ以外にも彼の名前に妙にひっかかるところがあった。

 

 フィリップ・ソレルスたちがスリジー・ラ・サルで行ったテル・ケル主催のアルトーをめぐるコロック(「アルトー/バタイユ」)の記録にたしかベルナール・ラマルシュ=ヴァデルの名前があったことをぼんやり覚えていたのである。自信がなかったので宇野さんには黙っていたが、帰って本を見てみるとやはりそうだった。
 ソレルスの「アルトー状態」と題された発表の後の討論会に彼の名前があった。時代は『アンチ・オイディプス』の影響さめやらぬ、まだ騒乱の気配が残っていた頃である。当時ソレルスはおおむね何を語ろうが喧嘩腰だったし、ソレルスとベルナール・ラマルシュ=ヴァデルのやりとりもやはり刺々しいものだった。ベルナール・ラマルシュ=ヴァデルは、文面から察する限り、紳士的な物腰で意見を述べていたはずだが、ソレルスのほうは、アルトーについての討論会なのにアルトーの名前を一言も出さず、「倒錯」の話をしていてクロソフスキーの名前でそれに答えようとするのはどういうことか、と最初からほとんど喧嘩腰で喰ってかかっていた。今から思えば、当時のソレルスとテル・ケルは、勿論日本の読者にはあずかり知らぬ狭量な事情その他によって(私にはよく理解できたのだが)、必要以上に党派的だったのだと言わざるを得ない。これは余談であるし、彼自身が書いていたことだが、ソレルスはずっと昔にクロソフスキーに会いに行って幻滅したことがあったそうである。



 そのソレルスの全面的な肝煎りで、ラマルシュ=ヴァデルが四十歳を過ぎてはじめて書いた長編小説、三部作第一作の『獣医』と第二作である本書『すべてが壊れる』が、ソレルスが監修する「ランフィニ」叢書から刊行されたのである。ずっと後で知ったことだが、ガリマール社の原稿審査会のメンバーであるソレルスは、ラマルシュ=ヴァデルの『獣医』の原稿の一節を審査会のメンバー全員の前で朗々と朗読して、その文章の価値を力説し、彼の小説の出版を強く推奨したほどだったらしい。除名や絶交や、その裏返しの友愛にたけた執念深いフランス人のことだから、アルトーをめぐるやり取りからもうずいぶん時間が経っていたとはいえ、これには余計に興味をそそられずにはいられなかった。『獣医』は最初の小説に与えられる部門のゴンクール賞を受賞した。


 

 ベルナール・ラマルシュ=ヴァデルは数多くの現代美術の展覧会を組織した著名な美術評論家であり、美術作品のコレクターとしても知られている。ヨーゼフ・ボイスのフランスへの最初の本格的紹介者であったし、ミケランジェロ、ジャコメッティから、ヴィルグレ、パラディノ、クロソフスキー、タピエス、オパルカなどまで、数多くの美術評論書がある。写真についても書いていて、ヘルムト・ニュートンや友人だった田原桂一をはじめとして、ジャン=リュック・ミィレンヌ、ルイス・ベルツ、ベッティナ・ランスなど数多くの写真論がある。



 彼の美術評論と他の美術評論の違いは、まずは対象との独特の距離、つまりその近さや接近の仕方にあり、何を書くにしてもラマルシュ=ヴァデルは生半可な「一般論」を徹底的に排除しているということだ。「もう誰もが誰にとっても誰でもない」のだから、彼は論ずる対象、剥き出しの、裸の対象に近づき、まず評論と作品や画家との関係を繊細に、ときには記号論的なまでに精緻に織り上げることから始めていたようである。いまではわが国の評論の現状を見ればわかるように、美術評論といっても、そこには誰もが簡単に調べることのできる一般論しか書かれていないのだから、ラマルシュ=ヴァデルの評論には読者としても特別の集中を要することになるのは言うまでもない。彼のエクリチュールは厳格である。ラマルシュ=ヴァデルは現代美術を論ずる「前衛的」な批評家だったのだが、彼の評論の背後に、日本ではほぼ考えられないことだが、例えば、彼の属さない(偉大なところがあると私も認めざるを得ない)フランスのアカデミックな美術論の伝統がそれでも厳としてあることを垣間見てしまうことがあるのは、恐らく彼の意に反してであろうが、このことと無関係ではないかもしれない。彼はどんな対象に対しても言葉の正当な意味において真摯であり、きわめて誠実である。その繊細な写真論についても同じである。

 

 彼はいつもスーツにネクタイ姿で、紳士的でダンディーで、慇懃でそれでいてユーモアがあったらしいから、その人となりについても同じことが言えるのかもしれない。誰だったか、作家としての彼とレイモン・ルーセルを比べていた人がいるが、作品の質はまったく違うとはいえ、ラマルシュ=ヴァデルの独特の「孤絶」の仕方から見るなら、この意見には私もどこか同感である。さまざまな証言から察するに、彼の人となりやその物腰は、言うまでもなく、逆に彼の晩年の小説作品からも直接想像できるように思われるが、別の一面というか、もうひとりのラマルシュ=ヴァデルもいる。



 本書『すべては壊れる』にもはっきりとそれを感じ取ることができるが、最晩年に近づくにつれて、ラマルシュ=ヴァデルの書くものからは、さらに「死」に取り憑かれ、死を見つめ、死を研究し、死を前にする姿が容易に見て取れた。かなりの期間ひどい抑鬱状態にあった晩年の彼を知る人たちが口を揃えて言うには、だからこそ彼が自殺したときも、それを当然のことのように受け止め、死を知って騒いだりする者はいなかったのである。三部作の最後の本『彼の生、彼の作品』は完全に死を準備するようなとても奇妙な筆致で書かれた本だったし、最晩年の『芸術、自殺、プリンセスとその臨終』にはダイアナ妃の事故現場の詳細な記述があり、とても印象的なものだった。

 

 彼がどうして晩年に小説を書き出したのかはわからないが、それから十年ほどして彼は自らこの世を去ってしまうのだから、このことに意味がなかったはずはない。彼は死を前にして何を見ようとしていたのだろうか。彼はとにかくずっと長いあいだものを注意深く見ていたのだ。それが尋常ではない本書『すべては壊れる』の訳者である私にまず言えることである。
 すべての美術評論家がものを見ていると考えるなら、それは残念ながら大きな間違いである。トレンドと紋切り型とマーケティングと人から借りたコンセプト、自分の知識ならぬ情報と平凡なインスピレーションを混ぜ合わせただけなら、たいしたものは生まれるはずがない。ベルナール・ラマルシュ=ヴァデルにそのようなところはひとかけらもなかった。文章は恐ろしい。人生は恐ろしい。書くとはそういうことである。
 ラマルシュ=ヴァデルは若い頃に詩集も出していたが、彼にとっては、小説であれ、美術評論であれ、写真評論であれ、恐らく「書くこと」だけが問題であったのだろうから、彼の、彼にしかできない独特の「物の見方」がそのまま小説に投影されていることは避けられないし、動かしがたいことだった。すべては理屈どおりなのである。そうでなければ、彼の作家としての人生は無駄だったことになるではないか。

 

 小説芸術は、そのまま物語や説話やナレーションを意味するわけではまったくないし、そもそもそれらとは全然別のものである。小説『すべては壊れる』は、言ってみれば物語から漏れ出しては再び物語に浸透してしまう「細部」だけで書かれていると断言していいかもしれない。はっきり言って、細部がすべてである。
 ものを見るとはまずディテールを見ることであり、それが「全体」を形づくるかどうかは、後になってからのことだ。この小説にはたしかに全体らしきものはあるが、「全体」は不分明なままであるとしか言いようがない。概念もまた全体ではなく、細部である。審美的対象についてもしかり。そうでなければ、ドゥルーズが言うように、概念を創造し、美学を発見することはできない。小説に関しても、場合によっては、まったく同じようなことが言えるのではないか。
 翻訳しながら、『すべては壊れる』がバロック芸術に似ているという思いを払拭することができなかったのも同じ理由からである。細部は増殖し、分岐し、別の様相を帯び、さらに肥大する。それによって全体のバランスはじょじょに崩れ、別の(小説)宇宙がそれとなく出来(しゅったい)する。この細部を読むことが私にとってほとんど快感に近かったことを告白しておく。読者にとってこの小説を「読む」ことが、しかも翻訳で読むことが、いかにも容易いものでないことは認めるが、それはそうなのである。
 そして驚くべきことに、その不分明さのなかから、静かな、しかし強い怒りと独特のユーモアが醸し出されていることが明瞭に感じ取れるのだ。ラマルシュ=ヴァデルの長編小説を読み出したとき、これはいったい何だろうかと最初に私は思った。どの本もどこかがおかしくて変なのである。妙な通奏低音がずっとかすかに聞こえている。これは彼のポエティック、詩法なのである。怒りもユーモアもそのようなものとしては「表明」されることはないが、この手法というか、彼の文章「芸術」が、他の追随を許さない、真似ができないほど高度で独創的なものであることは間違いない。
 だが何への怒りなのか。勿論、日々の(フランス)社会全体、隠然たる「全体主義」に対する怒りである。「死」は、社会への「死刑宣告」は表明されるのか? その意味では、この小説がいかにそれ自体「臨床的」なものであれ、本全体は現代社会についての立派な「解剖所見」であり、「死体検案書」なのである。ラマルシュ=ヴァデルは美術評論家であり、さんざんその世界にいたのだから、「芸術の世界」、「芸術家たちの世界」もまた同じようにその偽善的な現代社会生活の全体主義に含まれていることにラマルシュ=ヴァデルが苛立っていたことは言うまでもない。彼がうんざりしていたのは間違いないし、われわれもまたそれを共有しているのである。なお、彼の独特の社会批判の言葉はゴダール監督の映画『映画史』のほぼ末尾にも引用されていたことを申し添えておこう。

 

 『すべては壊れる』の主人公は、17世紀のカトリック司祭で説教家で神学者であった大文章家ボシュエ(ボスュエと表記すべきかもしれないが、慣例に従った)が雄弁に述べた歴史的登場人物たちへの格調高き弔辞集である『追悼演説集』を枕頭の書とし、日々それを読み、研究し、その本と、彼が偏愛する犬たちだけを拠り所として暮らしているのだが、私自身、このアナクロニックな設定がとても気に入ったのもたしかである。そしてこれが単なるこの本のお話の設定だけではないことは、ラマルシュ=ヴァデルのどの小説を読んでも、文章自体にあらわれていたし、ボシュエが作家ラマルシュ=ヴァデル自身のお気に入り以上の存在であったことははっきりしている。
 ずいぶん前、この説教家の「死についての説教」という有名な文章にはじめて接し、その文章のブレスト調、早さ、同時にその緩徐法に、そしてその哲学的で感動的な調子に私もまた魅せられていたのだから、なおさらこのボシュエの登場が気に入ったのも本当である。20世紀になっても、ボシュエはポール・ヴァレリーに讃辞に近い称賛の文章を書かせたのだし、そればかりか現代フランスの前衛的な作家たちにも隠然たる影響、どういう影響かはしかとはわからないにしても、とにかく影響を与えているらしいのである。ギー・ドゥボール、フィリップ・ソレルス、アラン・バディウといった人たちである。

 

 たぶん骨の髄までペシミストであったはずのベルナール・ラマルシュ=ヴァデルの、これまた尋常ならざる動物への愛、とりわけ犬たちへの偏愛についてもここで触れておかねばならないのだろうが、これは本を読んでいただくとして、その深遠で複雑な現代的問題をはらんだ主題については読者に委ねたいと思う。

 

 最後に、小説の一節を行き当たりばったりに紹介しておこう。寄生虫のくだりである。

  われわれを占領している女たち、そして占領されたわれわれに対して占領を遠隔操作する男たちにとっての主要な困難は、毎日われわれを占領することである。われわれの地方へ向かう虫下しの飛行機はないし、貨物船をチャーターしたりはしないというはっきりして筋の通った決定、われわれをしつこく悩ますあらゆる本性をもったダニを撃退する殺虫剤、それにノミもシラミもだが、その貴重な殺虫剤の荷物を積んだ貨物船のボートはわれわれのほうへ向かって大河や川をきっと遡るのだろうし、死んだ獣の毛や羽根から出てきた、からだからからだへと移動する漂う褐色の外套膜、激しく刺されて死んだ獣の皮膚は、より温かい骨盤へ向かう彼らなりの猛り狂った大陸間亡命に向けて、寄生虫の茶色く黄ばんだ波のような表皮の毛穴のなかに最初の寒気がやって来るとすぐに裸になるのである。繁殖する輸送隊がそこを通ってマールバッハに侵入する道の端へ向かう、マールバッハの占領者全員を毎日養うなどというひどい約束を敵にまわして殺されずにすんだわれらが犬たちは、最も確実で最も直接的な伝令である。死んで嗅ぎつけられた鳥小屋のなかの鶏から、黒革の外套の上に寝転がった身体の脇の下と腹の皺まで、あるのはひとつの線、赤足たちの暗い背中の線だけであり、皮膚から吸い取り、別の場所に卵を産むという絶望の波打つ航海である。運の悪いノミや、体毛にちゃんとしがみつかず、ドラやファウスト、あるいは他の大きな犬の背中の丘の縁(へり)から落っこちた呑気なケジラミにとって、湿ったクローバーのなかの最後の希望は、最終救命ボートであるヘルツォークを待ちかまえることであり、そのヘルツォークの小さな身の丈は、おぞましい虫に対して、計算された跳躍によって、そして毛むくじゃらの足が通りかかった際には、列車に再び乗り込むことを許すのだが、その列車こそが、私の犬たちのうちの一匹の前腕の上や、何らかのより秘密めいた隠れ場所に、下顎骨を吸ってはさらに卵を産もうと縮こまったままそいつを連れてゆくのだ。パラシュートの末端に結わえられた空から落ちてきた小包は、地面に激しくぶつかって口を開けたか、それとも森のなかへ枝から枝へと落ちてくると、幹に垂直にぶつかって壊れてしまい、幹の皮を剥いでしまうが、われわれはそれを待ち望んだのである! スプレーよ、軟膏よ、腸のなかの砲撃よ、多種にわたる虫たちの幅広のスペクトルのための弔鐘の時刻よ、微細な爬行で渋滞した深い亀裂を詰め込むことのできる粉末状物質の小瓶よ、研磨剤よ、両手でしっかりと押した噴霧器のひゅうひゅう音を立てる毒性の煙よ、導入管付きの主チューブよ、われわれは十分に空を注視しているだろうか? 希望はわれわれによって下手に甘やかされているのだろうか? ひとつの策略とひとつの計画が支配しているのだ。つまりひとつの悪意とひとつの戦略、原子爆弾についての新しい視点、投獄、強制収容、だが贅沢な出費はなしで。今日では、誰ひとりもはや誰の心も個人的に占めたりはしない、それはあまりにも高くつきすぎるのだ、誰が番人たちの番をするのかを知るという古典的な問いのしつこく際限のない反響を考慮に入れないとしても。誰にもこれ以上時間はない、時間もまた崩壊したのだし、会計欄の衝撃によって吹き飛ばされたからだが、その会計欄というやつは時間を頭蓋冠の下で格闘する数字の怪物じみたごたまぜのうちにばらばらに解体し、その頭蓋冠の中味は取り返しがつかないほど分割され、その結果陰険にも無に帰せしめられたのだ。人間の目的の「占領」は次のことを命じている、すなわち人間を監視しながら、不可視の、そして誰にも知られていないが、それに向かって全員が急いでいる振りをしているひとつの数字が、人間の終局のいくつかの任務を十分すぎるほど課すことを、その終局のすべてを麻痺させ、そして反逆の唸りを呼び覚ますかもしれない苦痛をより少なくするために、この終局の任務がちゃんと選ばれるようにと。われわれの目にはテレビ、われわれの手にはシラミの卵とノミ、われわれの勃起には人を誘(いざな)う傷がへこませた骨盤、内側にある終わりのない破傷風がわれわれの頭上でとても生き生きとした木蔦の様相を呈しているが、その節くれだったねじれがわれわれの関節のまわりでそれらを凍りつかせているのである。

 

  (お断りしておくが、最後は洪水にすべてが吞み込まれてしまうこの小説は、このようなばばっちい場面ばかりでできているのではないし、おおむね格調高いものであることを言い添えておきます。)

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