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第77回 病院、アルチュセールのことなど

第77回 2016年8月

 



病院、アルチュセールのことなど





鈴木創士

 

 


エリック・マルティ『ルイ・アルチュセール 訴訟なき主体

 

 

 

 今日は病院に行かなければならない日だった。夏の病院はどこかいつも夏の終わりを思わせる。蟬の鳴き声は聞こえてこなかったが、蟬の抜け殻が私の妄想のなかに散乱しはじめていた。この妄想は穏やかなものだが、私自身も蟬の抜け殻のようなものだったのかもしれない。いつもより混んではいないが、それでも綜合病院だから、大勢の人がうろうろ行き交っている。待合室でぼんやり車椅子の老人たちを見るともなく眺めていた。痩せこけた老人、笑っている人、明らかに不満げな人、介護人に一方的に喋りつづけている人、じっと前だけを見据えている人、うなだれて半分眠っている人。彼らは人生の最後に差しかかっているのだろうか。
 だが人生の終わりは、年齢に関係なくどこにでもある。終わりは生の条件を規定するが、生の条件が終わりのなかで何事かを主張することなどほとんどないといっていい。終わりは後ろからやって来るのか。目の前にあるのか。終わりがただの強迫観念でないことは蟬の脱け殻が証明しているし、しかも始まったものは終わるに決まっているが、終わりはいつも「事後」にしか自明なものとならないではないか。延期された行動、絶望を装う諦め、放棄と少しの希望。そしてささやかな喜びの予感。それから終わりがやって来る。確信がどこにあって、それが何を促しているかは、いまここではっきり述べることはできない。その段では、患者である私も、患者を診る医者だって同じようなものである。


 不吉な事柄すべてをそれとなく隠しているのは、この平和な病院だけではない。最近、重度の障害者を殺害したあの男の犯罪は心神耗弱による犯罪などではなかった、と私は声を大にして言いたい。ごく少数のプロによる殺人をのぞけば、戦争も含めて、どんな殺人でも、それが実行される刹那、「狂気」が介在しないことはなかったであろうが、殺人の動機と言われるものは、たいていの場合「理性」のなせる業であって、「狂気」とは無関係である。あの男が「狂人」ではなく、ただの「差別主義者」であって、あの犯罪がヘイト・クライムの一環であることは一目瞭然であるのに、大マスコミはそのことに触れようともしない。これはいったいなんなのか。われわれ全員が、たぶんあの男と同じように、「早発性痴呆」のもたらす根絶やしにされた「感情」の虜になってしまっているからなのか。私の意見では、あの犯罪があの男の痴呆的な「思想」によって引き起こされたことは間違いないと思う。

 病気にもいろいろあるし、病気も様変わりする。テレビでは、精神科医と称する輩が例えばあの男の「ファミリー・ロマンス」をしかるべく調べ上げるかわりに、思いつきのように、あるいは待ってましたと言わんばかりに、大麻精神病などというきわめて非科学的なシロモノまで持ち出している始末である。そんな精神病のことを云々するのはまともな医学のすることではない。あの男の殺人の衝動に感情的なスイッチを入れたひとつの要因をドラッグだと言い張るのなら、大麻などではなく、むしろ脱法ドラッグの誰も知らない複雑怪奇な薬理作用のほうを研究すべきである。そう進言しておこう。だが問題は、言うまでもなくそんなところにあるはずがない。
 不要なものを抹殺していいという考えは「合理主義」などではない。馬鹿も休み休み言ってもらいたい。有用なものから成り立っている世界では、重度障害者たちではなく、むしろわれわれ全員が不要なのである。それなら有用な社会をわれわれに示してもらいたい。それを見せれるものなら見せてみろ、と社会それ自体に言いたい。したがってこの事件は差別主義者による虐殺でしかない。アクチュアルなものも含めて歴史を眺めてみれば、そんな例には事欠かない。われわれはそれを不幸なことだと思っているが、おぞましさは普通にわれわれの日常のなかにあって、日常のあれこれを骨抜きにしてそれをつくりあげてきた。何度となくだ! それどころかあの男はヒトラー主義者であるらしいし、実に言うも恥ずかしいことだが、たしか憲法改正に関して、副総理である麻生太郎による「ナチスの手法を見習うべきだ」という発言が公の場でなされたにもかかわらず(麻生がかわいいなどと言われるのは、麻生がとんでもない馬鹿だからである)、あきれてものが言えなかった人を除いて、マスコミの誰もが問題にしようとはしなかったような「特殊な」社会にわれわれは暮らしているのだから、あの男がやったような犯罪が実行されるのは、残念ながら、言ってみれば時間の問題だったかもしれない。これは、慚愧に堪えません、などと言って済まされることではない。その意味でもこの事件は、アルチュセールの言葉を借りれば、「国家のイデオロギー装置」の囲いのなかにあると言っていい。国家的イデオロギー装置があの哀れな許し難い男をつくりあげたのだ。総理や、副総理や、死して護国の悪霊となってもなお自分のガールフレンドには絶対したくない靖国国防女衒大臣が誰であろうとどうでもいいが、事ここに及んで、そんな連中が現実の政治を牛耳っている社会では、「国家のイデオロギー装置」は以前にも増してますます幅を利かせ、ショートして出火するまでつけ上がるばかりである。早発性痴呆がそんな政治に憧れても不思議はないのだ。


 いま名前を挙げたフランスの哲学者ルイ・アルチュセールもかつて「早発性痴呆」と診断されたことがあったらしい。病名はすぐさま取り消され、重度の鬱病と訂正されたようだが、ずっと後の一九八〇年十一月十六日、朝の九時頃、アルチュセールはその妻エレーヌの首を絞めて殺害する。そのとき十一月の灰色の光が射していた、と彼は自伝のなかに書いている。

 この事件が起った時のことはぼんやりと覚えている。世界中が驚愕した。私もまた事件の一報を聞いていささかショックを覚えたことを思い出す。時代を代表するきわめて独創的で、犀利な、気鋭の哲学者であっただけではなく、アルチュセールは全世界の左翼の大星雲における希望の星ともいえるマルクス主義理論家であったからだ。私が彼の哲学、その「マルクス主義哲学」も、そして「偶然性唯物論」もちゃんと理解していましたとここで胸を張って言うことはとてもできないが、彼の哲学者としての文章がとにかく気に入っていた。彼はすばらしい書き手だった。才気煥発を地で行くマルクスの文章を思い起こさせた。レヴィ=ストロースは文章を書く前に必ずといっていいほどマルクスを読んで自分を鼓舞していたらしいが、(一部のマルクス主義研究者を激怒させることをあえて言うなら)ロマン主義的なところがあったといってもかまわない高揚したアルチュセールの文章にも、そんなマルクスの文章に近い抑揚があった。
 この事件の後もアルチュセールは読まれ続けた。それどころか若い世代によって「左翼のための」彼の哲学はいっそう有名になった感がある。勿論、この事件によって彼のかつての思想が根底から揺らぐということはないし、またそうでなければならなかったというのは私にも理解できる。しかし私が目にした限りでも、彼ら、若い研究者を含めたほとんどがこの事件を棚上げしにかかっているのではないかという印象を私は受けざるを得なかった。率直に言って、このことは一読者として私の不満を募らせた。一読者として、その理論装置だけではなく、アルチュセールの全体を知りたかったし、すべてがなければ部分を目にすることができないのは普通のことではないか。
 アルチュセールは事件の後「免訴」となったが、免訴の決定の後、措置入院によって精神病院に収容されることになる。免訴は、それに対する評価がどうであれ、この社会のなかの居場所を完全に失うということである。事件の本質はおろか、事件の当事者の弁も明らかにはされない。彼は「行方不明」を余儀なくされる。免訴によって裁判は行われなかったのだし、彼は病院に入ることによって、つまり「狂人」になることによって、その弁明の機会、自分の起こした事件への返答を社会によって拒絶されることになる。そうこうしているうちに、自宅に戻ったり、再び精神病院に入院したりした後、アルチュセールは死去する。そして彼の死後、その自伝『未来は長く続く』が刊行されることとなった。これは哲学者の自伝としては破格のものだったし、必然的にも思える彼のひとつの回答であったことは間違いないだろう。このような明晰な回想録は親族三人を殺害したピエール・リヴィエールの手記(フーコーを参照せよ)以来のことであろうし、自分の犯罪を含めてこれほど詳細な自己弁明にはなかなかお目にかかれるものではない。殺人を犯したルネッサンス後期の芸術家チェッリーニの『自伝』といえども、この超絶的彫刻家は途中で筆を折って投げ出しているし、事件と自己の歴史についてのこのような詳細な記述、ましてや回答じみた記述は望むべくもなかった。しかし、このアルチュセールの自伝は非常に興味深いものではあるが、その面白さゆえに、どこかしら宙に浮いたようなところがあった。前言を翻すようなことを言えば、彼の作家としての力量がそうさせたのだろうか。そんな風には言いたくないし、必ずしもそうは思わないが、彼の「哲学」と「狂気」が、エピソードの外ではかえって見えにくくなってしまったように私には思われた。


 ところが最近、少なくとも私にとってさらに興味深い本が翻訳された。ルイ・アルチュセール『終わりなき不安夢』(市田良彦訳、書肆心水刊)である。彼が自ら綴っていた夢の記録である。これでわれわれのためにアルチュセールの仕事の環が一応閉じることになったが、この本が驚天動地のものであることに変わりはない。

 おまけにこの本のエピローグには「二人で行われた一つの殺人 主治医作を騙るアルチュセールの手記」という、私の知る限り、どんな哲学、どんな文学の歴史にも他に類を見ない、瞠目すべきテクストが収録されている。アルチュセールが自分の主治医に見せかけて、殺人を犯した自分についてアルチュセール自身がまるでテクストの外にいるかのように語っているのである。「きみ」と「ぼく」を巧みに使い分けて。ただし「きみ」と「ぼく」をいくら使い分けようとそんな嘘はすぐに見破られることであるし、このテクストを書いたとき、アルチュセール自身がこの奇妙なテクストの構造を強く意識していなかったなどとは考えられない。このテクストは恐らくは「かつての妄想」の外で書かれたのだろう。だがそれが書かれた瞬間はいざ知らず、アルチュセールはいずれこれが刊行されるだろうということすら見越していたとも思われる。この点で匹敵できるものがあるとすれば、サドの遺言くらいしか思いつかない。彼はこのテクストで、「書き手」つまり「私」、そして「きみ」と「ぼく」という奇妙な構造のまま自分自身の「精神分析」を行っているのである。詳細は、周到にして非常に示唆に富んだ訳者市田良彦の解説を読んでいただくとして、いま私には読んだばかりのこのテクストと夢の記述について理論的な考察を加える余裕も力量もないが、気づいたことをほんの少しだけ述べたいと思う。


 例えばこんなくだりがある。「極論すれば、二人〔アルチュセールと殺害された妻エレーヌ〕が無意識にそれぞれ望んだこの役割の逆転は、事後にしか存在しない。出来事が起きたから、それはある。きみが無意識に彼女の死を望んでいたとすると、殺人は計画的であった(無意識による)ことになるかもしれないけれど、それでは無意識の幻想に本来もっていない役割を与えることになる。事後(役割の逆転という)が意味をもつのは、出来事が起きたからでしかない。役割の逆転という表象がその体をなすには、第二の時間(出来事)が決定的だ。取るに足らない人間に、永遠に悪者でいさせてやることは、取るに足らないことからの究極の救出にもなる。批判はすべてぼくが背負い(マスコミを見よ)、彼女はかわいそうな犠牲者になる。とにかく無意識のなかにはあらゆる幻想がある。幻想が行為を決定したなどと言っても、論理的、機械的な演繹にすぎない。出来事や行為のなかで、ものごとがそんなふうに起きるわけがない」(「二人で行われた一つの殺人」)。

 だからといって、アルチュセールは殺害の衝動の瞬間に「ほんとうに」何が起きたのかを語ってはいないし、語ることはできない。この構造の結構にしてからが、原理的にそうなのである。事後の語りとしては、「ほんとうに」何が起きたのかは誰にも知ることができないのは言うまでもないではないか! 事後的に袋小路を指し示す殺人者のこんな言は犯罪の被害者やその家族を怒らせるだけだろうが、出来事に、事実に、「そと」がないのであれば、アルチュセールは、スピノザ主義者として、全体の外には実は何もないのだ、神さえも、ということをわれわれに突きつけているとも言えるのである。「事実」にはたしかに形式らしきものがあるが、彼の見ていた「夢」と同じように、あるいはそれと対をなすかのように、この形式は空っぽであり、空虚であるほかはないということなのか。


 やけに細部が際立つ彼の夢はエロチックなものとそうでないものもあるが、彼が女性との性愛、あるいは女性自身の性愛に強くとらわれていた人であることはよくわかる。共産党の心強い同志であり、レジスタンスの闘士でもあった、年上の嫉妬深い妻エレーヌとの関係に彼の性癖が強く影響を及ぼしていたこと、アルチュセールが多くの女性を「愛した」ことはたぶんその通りだろうが、私にはこの点で言うことは何もない。しかし、ここで詳述はできないが、彼の夢にはもっと別の事柄、もっと不吉な夢との関係、そしてそれとは対称をなすことがけっしてできない非関係が刻まれているようなのだが、この夢のなかで「主体」はすでにして無意識の主体ではあり得ないように思われるのである。

 市田良彦の解説からアルチュセールの文章を孫引きしよう。この文章は「言説理論に関する三つのノート」(『精神分析論集』所収)のなかの一節である。
 「「自我分裂 Ich-Spaltung」に関して「無意識の主体」を語ることは間違いである、と私には思える。分裂した、分割された主体はない。まったく別のものがあるのだ。すなわち、「自我」のとなりに「分裂」がある。言い換えると、まさに深淵、断崖、欠如、裂開がある。この深淵は主体ではなく、主体のとなり、「自我」のとなりに開ける」。彼の夢の記述と手記はこのことを証明して余りある。


 アルチュセールは精神分析を受け続けた。自分の哲学の糧としながらも批判的に読解したのはラカンの思想だったが、分析を受けるために彼が通いつめた精神分析家はラカンではなかった。自伝『未来は長く続く』に書かれていたとおり、ラカンとの関係は思想家どうしの付き合いだけではなかったのだし、その関係が複雑であったことは想像に難くない(一例として、ラカンの娘に恋をしてしまったマルクス主義人類学者リュシアン・セバーグが自殺したとき、分析医であったラカンがあわてふためいたエピソードを参照せよ)。


 しかし、いずれにせよ、被精神分析の経験はまるで招かれざる客のようにアルチュセールの夢のなかにまで入り込んでいる。むしろ私にはそれは長い間むりやり性行為に及んだレイプ犯か押し込み強盗のように思えてくる。フロイトが報告しているシュレーバーの神のおかま堀りのことを言っているのではない。ラカンが日本語のシニフィアンの特性として日本人は精神分析を受けることができないなどと言ったことを信じているわけではないが、精神分析を受けたことがない私は、この本を読み進めているうちに、精神分析それ自体が彼の妻の殺害と無関係であったとはどうしても思えなくなったのはほんとうである。精神分析的思考の道筋が、その硬直した強迫、分析家あるいは精神科医との関係と非関係が、アルチュセールに殺人という行為の最後の引き金を引かせる結果になったのではないか。これではヴァン・ゴッホと同じじゃないか! こんな意見が突飛であることは重々承知の上だが、最後にそのことを指摘しておきたい。
 アルチュセールが好んだ比喩を使うなら、彼は走っている列車から飛び降りたかったのか、それとも停まっているにしろ、全速力で走っているにしろ、その列車に飛び乗りたかったのか。私にはそのどちらでもないような気がするのだ。その列車の運転手は精神分析家であったように思われる。行き先は、ありふれた、しかし殺伐としたどこかの終着駅でしかないからである。汽車から降りても、未来はずっと続くのである。

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