ホーム > お知らせ > 『潮汐の間』-これほど心に強く伝わってきた作品に出会ったのは初めてでした。

『潮汐の間』-これほど心に強く伝わってきた作品に出会ったのは初めてでした。

ブレット・フィスク様
「潮汐の間」を読了しました。読み始める前に私は「日本に居る一人の米国人が日本語で書いた小説を、日本の出版社が出版を決意するからには、その作品が今まで如何なる日本人も書いたことの無いような極めて画期的な作品であるはずだ。そうでなければ出版社はそんなリスクは冒すはずがない」と考えました。そして結果は、正にその通りでした。
●「潮汐の間」は米国人が日本兵から見た「大東亜戦争におけるフィリピンでの陸上戦」がその内容ですが、とにかくストーリーの構成も内容も素晴らしいと思いました。フィリピンと日本の交互の書き方もとても印象的でした。「実戦の中の兵一人一人の意気込みや絶望や諦め」とか「日本の兵も一人一人はみな死にたくなかったのだ」ということが「潮汐の間」ほど、心に強く伝わってきた作品に出会ったのは初めてでした。
●全体に現在の日本人の文章より表現が正確で的確であり、そのためとても判りやすいと感じました。日本語を非常に大事に扱っていると感じました。たったの340頁内に大東亜戦争に関する重要事項が殆どもれなく盛り込まれていることも、これまで日本人の書いた作品に見られない重みのある内容だと感じました。野間宏の有名な日本陸軍を扱った「真空地帯」は「日本陸軍内の単なる内務班内」のお話に過ぎないのに対して、「潮汐の間」は「戦争の惨めさ、戦争の複雑さ」を重点においた非常に素晴らしい作品であると感じました。その根底にはキリスト教の精神が流れているのでしょうか。
●この作品が素晴らしいものになった理由はフィクスさんの能力が尋常でなかったからに他ならないと思います。フィスクさんが1991年に日本に来てから20年しか経っていないにもかかわらず日本語を「会話力」「文章解読力」「作文力」を完璧にマスターしただけでなく、「日本の歴史」、「社会習慣」、「日本人の特性」までも含めて幅広く、かつ、深く学習し習得したからに他ならないと感じました。そして私は何よりもフィスクさんのパワーと能力に驚きました。テレビに出てくる日本語の極めて上手なデーブ・スペクターさんでもフィクスさんの力にはとても及ばないのではないでしょうか。
●フィスクさんの文章で感心した具体的な例を挙げれば「日本陸軍内の内務班内の厳しい様子・使用用語」「新兵の教育」「軍人勅諭」「武士道」「宗教」「日本の教育制度(旧師範学校の先生は教授であったなど)」「太平洋戦争の戦況の流れの正確さ」「日本人の家庭内の作法」「闘鶏の様子」「貧しいフィリピンの現地人の家庭内の様子」です。「首都高速度交通営団」は戦時中の昭和16年7月4日にできた「帝都高速度交通営団」が母体であることには驚かされました。「本当の武士道は死ぬ覚悟でなく、何があっても必ず勝つという精神だ」までにも踏み込んで理解されておられるのにも驚きました。
●中でも特に感心した表現の一つはp183の「大人になっても三人は、同じ思いを抱いていた。家、人、匂い、味、細かいところまで全てを共に経験していた」でした。フィスクさんにすれば「何それ?」というかもしれませんが、現地に行っていないのに、どうしてこのようにリアルな表現ができるのか私には不思議に思いました。なかなかこういう表現はできないと思いました。
●“「国家にとっての戦争」ではなく「個人にとっての戦争」、「移り変わる歴史の背景」ではなく「人間一人ひりとりに及ぼされる影響。これらこそが重要な歴史課題であるようなきがしてならなかった。それであるなら、学問的な歴史書を志すよりは、「小説」という形で追求した方が適切であろう”とフィスクさんが最後に語っていることに感銘を受けました。
●フィスクさんは私が人生で巡り会った最大の天才ではないかと感じる次第です。
                                                                        丹 信義

このページのトップへ

関連書籍

潮汐の間

潮汐の間

戦争とは? 人間とは?

 
 

このページのトップへ