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お知らせ(第55回 哲学者はひとつの生を終えることが出来るのか)

第55回 2014年10月

 



            哲学者はひとつの生を終えることが出来るのか





                                                                        鈴木創士

 



前田英樹「在るものの魅惑
アンドレ・ベルノルド「ベケットの友情
鈴木創士「魔法使いの弟子

 



 前田英樹はドゥルーズ生前最後の文章についてこんな風に書いている。「ドゥルーズが死ぬ一ヶ月ばかり前に、『フィロゾフィ』誌に発表された彼の最後の論文を読んだ人は、多かれ少なかれ呆れただろう。「内在性、ひとつの生…」と題された四ページばかりのこの論文ほど、いきなり始まり、いきなり終わった哲学論文はない。このことを、たとえば彼の健康状態や突然の死に結びつけて、何か意味ありげに嘆いてみたり、神妙になったりすることは、言うまでもなく間違いである。確かに、この論文は遺書めいているが、自分が哲学で果たし終えた仕事を、これほど見事に徹底的に要約した文章が、遺書のように現れてこないことはむずかしいのだ」(「ドゥルーズの哲学遺書」)。


 「超越論的な場とは何か? それがひとつの客体に差し向けられもせず、ひとつの主体に属しもしない限りにおいて、経験からは区別される」(後に『狂人の二つの体制』に収録)。こんな文章からいきなりぶっきらぼうに始まる、ある意味で異形の論文を『哲学』誌(レ・エディシォン・ド・ミニュイ刊)で最初に目にしたとき、私は何かしら異様な感覚にとらえられた。正直言って、そのときまで私は20世紀に書かれた哲学論文を読んでこれほど感動したことはなかった。細部にいたるまですべてを理解したわけではないのに、とにかく感動したのである。この投げやりさ、この率直さ、晴天の青空のようなこの単純さと清々しさ。ドゥルーズが重い病気を患っていたことは知っていた。だがここにはとんでもない晴朗さと呼べるものがあった。



                                             五月革命。右から二人目がドゥルーズ。左端はソレルス。

 なるほど私は今に至るまで哲学的体系それ自体にほとんど何の興味も抱かされたことはないのだし、哲学的思弁の構築という大伽藍からはいつも門前払いをくらい、締め出されているように感じている門外漢にとって、ドゥルーズが哲学者として自分の仕事をこれほど見事に最後に要約してみせたらしいこと、そのこと自体に感動したわけではなかった。私は門のなかに入れもしないのだし、ろくな返答もできない、いい加減で、おまけに感じの悪い門番に何かを尋ねることも絶対にやりたくはなかった。だからひとりで門の周辺をただうろうろするばかりだったのだから、哲学的要約がそもそもどのようなものであるのかも、哲学としての最後の仕事の意味もまったく理解不能なのである。だが前田氏が言うように、私にもドゥルーズが最後まで仕事をやり終えたように感じることができたのはほんとうである。とはいえ、「仕事」というのはいったい何のことだろう。


 この論文の文章に接して、私はひとりの哲学者が最後の時に臨んできわめて美しい「最後の文章」を書いているとしか言いようのない印象を抱いた。それを唖然とするくらいの簡潔さでもって書いてしまったのだ、と。実際、私はこの論文を読みながら、シャトーブリアンのこれまた最後の本『ランセの生涯』のもつ簡潔さとスピード(簡潔さはリズムを産み出すものであって、それ故ある種の速度をもたざるを得ない)に似たようなものを感じ取っていたのも確かである。シャトーブリアンのこの本はさまざまな現代作家にひそかに無視できない衝撃を与えたと私は考えているが、必ずしもそういうことではない。だがシャトーブリアンのことはこの際どうでもいい。それよりも、ついでに言うなら、最後の時に臨んでこれが書けたということ、ひとりの哲学者がこんな風に書いてしまったということ…。内在性とひとつの生について…。それはかくあれかしという点ではきわめて尋常なことに思えるが、別の観点からすれば、そしてわれわれの知識とやらのくだらない現状からすれば、異様であるし並外れたことなのである。
 結論を言えば、私は、最良の意味で、ドゥルーズという哲学者は作家であったと思ったのである(ロラン・バルトに倣ってecrivainではなくecrivantと言ってもいいかもしれない)。むろん職業的作家という意味ではない。へぼ作家や、はたまたすぐれた技芸を持つ文章家を何よりも指しているのだとでも最近は言いたくなる作家のなかの作家を意味するわけでもない。単に、そう、単に、ものを書く人間という意味である。哲学の側からすれば、哲学者の書くものが数式であっても論理学記号であっても構わないのだし、別に作家である必要などいっこうにないことはわかっている。だが妙な言い方ではあるが、古代ギリシアの幾人かの哲学者たち、ニーチェやパスカル、その他わずかな例外を除けば、どのような哲学者の文章に接しても、彼がものを書いているように思えたことは今までほとんどなかった…


 飛び石を飛び越えるように、ドゥルーズの達したこれほどの簡潔さ…。達した、などと言うのは言い過ぎかもしれない。これは時間的な比喩であって、同時にそうではない。勿論、この簡潔さは、簡潔さのバロックと呼んでもかまわないような複雑さをその類型自体を形づくる要素としているのだろうし、それがこれほどの現れ方をするには、簡潔さの裏地が複雑に縫い取られていることくらい簡単に想像がつくというものだ。だがこの簡潔さは複雑さのなかにあるのではないし、複雑さのなかにある、もしくは複雑さそのものの有する、要約でも概略でも、あるいは一致でも統合でもない。ドゥルーズが、「絶対的内在性はそれ自体のうちにある。何かのなかや、何か〈に〉あるのではない、それはひとつの客体に依存しないし、ひとつの主体に帰属しない。スピノザにおいては、内在性は実体〈に〉あるのではなく、実体と諸様態が内在性のなかにあるのだ」とこの論文のなかで述べているように、複雑さ、複雑さを形づくる諸様態のほうこそがこの簡潔さのなかにあるのだ。そうとしか言えないのである。


 だから私にはこの論文、これらの文章全体がひとつの内在性のように見えて来ざるを得なかった。おまけにドゥルーズはその内在性を「ひとつの生」であると言うのである。これはまったき秘密の提示である。哲学者が秘密をあっけらかんとして開陳してみせる。この秘密は醸成されたものなのだろうか。それとも火山の噴石のように落ちてきたものなのだろうか。何という勇気だろう。いや、勇気などたいしたことではない。おまけにこの秘密は名だたる哲学者に限らず、誰にも解けていない謎そのものの方程式の一端であり全体なのだから、ドゥルーズにはドゥルーズ自身にとってすらひとつの謎が残されたのである。文は内在性である。ひとつの生は内在性である。文はひとつの生であり、ひとつの生のなかにあるのではなく、文の諸様態のほうがひとつの生を含んでいる。そんなことはしばしば起こることではないし、へぼ作家や流行作家にはまったく理解できないことである。その意味では、これらの文章は、あらゆる文章の意味の上位にあるひとつのまとまり、単一性、統一性としての何らかのもの、何らかの客体にも、それをドゥルーズと呼ぶにしろそうでないにしろ、ここで語られた事物の綜合を行う、あるいはすでに行ったと見なされる行為としてのひとつの主体にも、送り返すことはできないのだと言いたくなる。誰が書いているのか。ひとつの生である。何が語っているのか。ひとつの生である。最晩年のドゥルーズが書いているということは確かながら、そのこと自体を超出してしまうもの、そのこと自体から結局はズレてしまうもの…。静かな不一致、衝突、不和、軋轢、乖離、分離…がおのずから自らのうちで起こり、しかもそれは一種の「至福」を示して余りある。だが、そうは言っても、これを書いたのはジル・ドゥルーズその人であって…。


 ドゥルーズはこの内在性をわざわざ「ひとつの生 UNE VIE」と大文字で書いている。ひとつの内在性がただのひとつの生とはニュアンスを異とする、事物の位階においてもカテゴリーにおいても同じものであり、価値としてもたぶん似たようなものでありながら、だがただのひとつの生とは呼んでしまうこともまたできない、諸々の個体的な本質とは異なる、「ひとつの生」であるとすれば、この大文字は、それが「生活」にも、経験を前提とした「個体的な生」にも、生物学的な「生命」にもそのまま関係づけることはできないということを含意するのだろう。だが、ここでは否定を重ねることでしか、そうではないのだが、まるで偶然のように不定冠詞を冠せられたこの「ひとつの生」を定義できないというのだろうか。生活から洩れ出す生活であり、個体的な生を逸脱する個体的な本質、つまるところが特異な本質、すなわちひとつの特異性であり、生命を超出する前生命的なものがあるのだろうか…。勿論、言うまでもない、あるのだ。純粋な内在性。「それは生への内在ではなく、いかなるもののうちにもない生に内在するものが、それ自体ひとつの生なのである。ひとつの生とは内在の内在、絶対的な内在性である。それは力能、完全なる至福である」。あえて強調しておくが、それは至福なのであり、ドゥルーズのこの論文のなかで結論めいたことはこの一節だけにあるのではないかとすら考えてしまう。そしてこの至福は「傷」をも先在させるのである。


 この論文で通りすがりに参照されている哲学者は、ベルクソン、サルトル、フィヒテ、スピノザ、メーヌ・ド・ビラン、フッサールだけである。ベルクソンとサルトルとフッサールは主に超越論的な場と意識の関わりにおいて引き合いに出されていて、しかも意識など、意識されたものなど、ひとつの生にとって何ほどのものでもないと言うためである。ドゥルーズの言い方を借りれば、世界は誰もが知っているように、主体と客体からつくりだされているのではなく、あえて言うなら、問題となっているのは超越論的経験論と言う他はないものであると言うためである。「超越論的な場と意識の関係は単に権利上のものである。意識がひとつの事実となるのは、ただひとつの主体がその客体と同時に産出され、両者が場の外にあり、〈超越的なもの〉のように現れる場合だけである。反対に、意識が、いたるところに拡散する無限の速度で超越論的な場を横切る限り、意識を明らかにすることができるものは何もない」、ドゥルーズはそんな風に釘を刺している。
 そういうわけだから、ここで肯定的に引き合いに出されている哲学者はスピノザとフィヒテとメーヌ・ド・ビランくらいである。スピノザはいいとして、フィヒテとメーヌ・ド・ビラン? ドゥルーズを読んできた読者にとっても、これには唖然とさせられるのではないか。だからと言って文学その他が問題になっているわけではないが、これはもはや哲学など、哲学史のなかにある哲学などどうでもいいと最後に言うためではないのか。勿論、そうである。私はそう断言することができる。


 この論文が前述の雑誌に発表されたのは、1995年9月のはじめである。ドゥルーズが窓から身を投げたのは同じ年の11月4日だったのだから、私がこの文章を読んだのはその死のひと月前くらいということになるだろう。私がこのエッセイを書いているのは今であるから、すでにドゥルーズの自殺の報を知っていてそんなすべてを承知した上であるということになるのだし、こんな風に書くと嘘みたいに思えるかもしれないが、最初にこの文章を読んだとき、ドゥルーズはもう死ぬのだろうと思ったのは確かである。死ぬという言い方は強すぎるかもしれないが、このような論文を書けるのは、勿論このような論文を書いた人は他にいないのだが、ひとつの生がその終局を迎えたからである、と。前田氏が言うとおり、この文章がだから遺言のように見えないのはむずかしのだ、と。でも遺書であるかどうかは別段とりたてて言うほどのことでもないかもしれない。この場に及んで、ドゥルーズが後世の者たちにあえて何かを伝えようとしたともまた思えないからである。それよりも、どこかで、いつか、ひとつの生が終わったのだ、と…。われわれはそれを読むことになったのだ、と。しかもそれをすぐれた哲学者が書いたのだ、と。言うまでもなく私は、ここで、この論文の内容と彼の自殺をむすびつけて嘆いてみせたり、神妙になったりしているのではない。すでに述べてきたように、私は哲学者に対しても哲学に対しても何の信仰も持たないのであるし、したがって何の敬虔さも持ち合わせてはいないのである。
 さらに思い出す限りでは、ドゥルーズの自殺はいわゆる自殺とは少し趣を異とするのではないかという感慨を抱いたのも確かだ。彼は肺か呼吸器のひどい病気だったらしいから、酸素吸入器その他の煩わしさは想像に難くない。病気そのものではなく、病気に付随してくるあれこれは、ほんとうに人をうんざりさせる。ドゥルーズは生物学的な生命をその意味では自ら停止させようとして、事実、停止させた。その段ではこの自殺は生物学的な自殺にすぎないようにも思えた。ところで、生物学的な死はひとつの生にとって全面的な死と言えるのだろうか。このような論文を書くことによって生を終えるということは、実際、ひとつの生がすでに終わる、単に寿命が尽きるということを意味しているだけではないのか、と。どのように死のうと、死の意味は別のところにある。ヘルダーリンが言うように、死もまたひとつの生であるのか。それは知り得ないことであるかもしれないが、他の生だけではなく死をもそこに含むものこそ、ひとつの生なのではないか。ひとつの生が終わる。それはひとつの生の力能であるかもしれないのである。


 私は「ロマン主義的魂」がどのようなものであるのか、どのような結末を迎えることになっているのかよくは知らないが、このような私の物言いがロマン主義的に見えようが見えまいが別にどうということはない。昨今ではロマン主義をことさらに否認することが常套手段になっているが、そう言ったからといって、彼らが何かたいしたことを言っているとは到底思ってはいない。それは「世論」のひとつにすぎない。興味本位で聞いてみたいところではあるが、いったい彼らは何のためにそう言っているのだろう。むしろこのような否定の心情も信条も恥ずかしくなるほど他愛のないものであり、つまらない自分の恐怖症を言い立てる大人子供のように、ロマン主義者であることよりもはるかに幼稚極まりないのだから、じつに取るに足りない論点である。そんなどうでもいい心理学的な小手先を弄するようなことにいそしんでいるだけではなく、もっと急いで言わなければならないことがあるのではないか。蛇足ながら、ついでにそんな風にも思うのである。


 話を元に戻そう。いまこの雑誌をぱらぱら読み返していて、気づいたことがある。この論文が、ドゥルーズがひとつの生を終えたことを証していると考えた者はどうやら私ひとりではなかったようである。『哲学』誌のこの第47号はドゥルーズ特集号になっていて、ドゥルーズの「内在性、ひとつの生」の次にアンドレ・ベルノルドの短いエッセイが掲載されているのだが、この文章もある意味で驚愕ものと言っていい、師にならうかのような、簡潔にして素敵な試論だった。なんとアンドレ・ベルノルドはそこで、ドゥルーズを古代ストア派の哲人になぞらえていたのである。いや、なぞらえたどころではなく、単純過去という動詞の時制を駆使して、「彼の人生については何も知られていない」と言いながら、ドゥルーズのことを架空の古代ストア派の哲人のひとりとして語り終えているのである。ということは、しかも完全に動かぬ過去のなかに現存した人、つまりすでに過去の人として……。
 ドゥルーズはすでにひとつの生を終えていたのである。


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