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お知らせ(第70回 もうひとつの陰翳)

                                                            第70回 2016年1月




もうひとつの陰翳


                                        
                                                                      鈴木創士




ベルナール・ラマルシュ = ヴァデル『すべては壊れる
ジャン・ルイ・シェフェール『エル・グレコのまどろみ

 

 


 年末、咳をごほごほしながらモランディ展を見に行った。
 この美術館は安藤忠雄の建築だが、いったいどこがいいのだろう。それどころか私にとっては最悪だ。必要以上に歩かされる。ほとんど無意味なだだっ広いだけのスペース、途中で休めるソファも、絵を遠くから眺めるには低すぎる。陰気で無味乾燥な近代的霊廟のなかをぞろぞろ歩かされている気分になってくる。気持ちがかさかさしてくる。ひどく疲れる。おまけに夕方ともなれば何ともいえない不気味さがあちこちから漏れ出ている。埋葬されかかっているのか。どこの誰が? 絵を埋葬するというのだろうか。いや、絵を埋葬できるのは画家だけである。展覧会を見終わると、コンクリートの貧相な霊廟の通路からすごい夕日が見えた。
 最近、大阪心斎橋にある大丸の建物、ヴォーリーズの最高傑作を取り壊すの壊さないのとすったもんだやっていたが、われわれはほんとうにどうしようもなく愚かである。あきれて、微熱のせいでよけいに無力感に襲われる。未来のため、未来の市民のためと言うならば、陰気な霊廟こそが破壊の対象になるべきなのではないのか。
 でもモランディ展なのだから、気を取り直そう。

                                      *

 光のなかに、淡い光のなかに溶けてしまったのだとずっと思っていた。だがそうではなかった。私の思い違いだったのか。

 
 イタリア・ボローニャの画家ジョルジョ・モランディの描く物も、物の置かれた平面も背景も、光の粒子に分解されてはいなかった。光の粒子は凝集し、背景の荒い筆の痕跡が消えないままに、それでいて絵の前景は丹念に塗りこめられ、そのまま別のあえかな発光体となって、ぼんやりと影を含めた影の反対側をつくり出していた。だが灰色がかった、歳月によって汚れたままのピエロ・デラ・フランチェスカのフレスコ画を思わせる色調といえども、そこに強く物が在ることを弱めることはない。埃をかぶったままの壜や花瓶や水差し、これらの物が言葉を語らずに自らを、自らの本質を主張するためには、背景のどこか、あるいはまた別のところ、つまりタブローのなかに、見えない光の「白い穴ぼこ」が、あるいは「白い背景」のようなものがそれとなく口を開けていなければならないのだろうか。そうとは名指せない灰色とは、「白い穴ぼこ」なのか。この白さは闇をもたない暗がりの一種、すなわちある種の明るさだろうか。この無意味な白い穴ぼこのせいで、物はへこんで、後ろに少しだけ後退し、そのことによって一気に物は前のほうへと現前する。物はつねに前にある。小さくかしこまって、ちょこなんと、かわいらしくもあり…。私は矛盾したことを言っている。だがモランディの絵画は矛盾だらけなのだ。


 
 そこに描かれた物の本来の影もまた、ただそこを時が過ぎ去ろうとしていることを、そこがこの世であることを、そして物が生活のなかに、なにものにも邪魔されることのない静かな生活のなかに置かれていることを示しているだけだった。光と影と物は分解するどころか、薄明かりのなかで、それぞれがそれ以外の言葉をもたずに不思議なコンポジションをつくり出していた。これは明らかに画家が意図したことだった。そしてタブローのなかからは物音はほんの少ししか聞こえなかった。聞こえるのは窓の外の遠くの鳥の囀りくらい…それに誰もいない…。すべてが淡い光のなかに溶けるいわれはなかったのだ。光はそのままただぼんやりとそこにあって、そうして稀薄なまま何事もなかったかのように薄く淡く満ちているだけである。


 

 私はふらふらしながら絵を見て回る。一緒に行った連れは画家だから、彼女なりの見方がある。私には関知できないことである。私は絵をひとりで見ている。モランディの宇宙は選択されたものである。少なくともわれわれが見て知っていると思い込んでいる世界は、つねにわれわれの世界とは別種の世界なのだ。画家たちはそれを見ている。これは画家にとってほとんど公理と言えるものであるが、この世界には、画家が見ている世界には、いったい何があるのだろうか。われわれはそこに住んではいないが、私はそこにしばらく住んでみたいといつも思う。そしてウンベルト・エーコが言うように、モランディの絵は連続していない。マチエールであることをそれとなく主張するマチエールは連続を免れるのかもしれない。だがそれだけではない。それは不連続の物の世界であるし(この点ではやはりモランディが形而上学派を通過したことは無駄ではなかった)、同時に物の世界でないとも言える。



 「静物」はイタリア語ではnatura morta、つまり「死んだ自然」である。英語ではstill life「静止した生、または生活」である。これは同じものを指しているのか。もののけの物でもあることを考えれば、日本語の「静物」という訳語は折衷的でなかなかいい。モランディはイタリア人だったのだから、彼の静物はまずは死せる自然であったことは覚えておいたほうがいい。ところで、花瓶に生けられた、モランディが描いた花はつねに造花だった。では、風景画に描かれた風景も含めてモランディにとって「自然」とは何だったのか。少なくともそれは画家の目にとって選択された自然、選択されざるを得ない自然である。埃はそのままなのだから、淘汰されるのではない。自然はけっして淘汰されず、フレームのなかに選択されるのだ。たぶん望遠鏡を使わずとも、モランディの目は望遠鏡の機能も果たしている。だが、それならそもそも「形の生」というものがあるのだろうか。
 モランディの静物を近くから、そして遠くから何度も見てみる。形は好みどおりにそれぞれ違っているが、たしかにそこには円錐、円筒、球がある。だが、セザンヌが言うようにそれだけなのか。私にはいまのところ何も言うことができない。言葉は予兆になる寸前に、喜ばしくも地に墜ちる。モランディの沈黙は知性であり、知性の外面を必要としない知性の賜物であり、この不退転の頑固さには厳しさも激しさも愛嬌もある。

 

 暗い色調の絵は、実物を見ると、誰の絵ということもなくどこか伝統的なイタリア絵画を思わせた。これはモランディがピエロやジョットに心酔していたということとは別の意味である。ああ、それにしてもあれらのルネッサンスの画家たち! モランディの暗い色調の絵がそれほどずっしりとしていることに私は今回あらためて気づいたのである。明るいほうの絵とはまったく別物である。そして暗いほうの絵にはすべてを抹消しかねない「白い穴ぼこ」は描かれてはいない。水彩画と比べてみれば、それははっきりしている。われわれには見えているはずのものを誰も見てはいない。私はモランディとよく比較されるシャルダンを比べようとは思わない。シャルダンの静物も素晴らしいが、私にとってはまったく違う絵にしか見えない。

 

 光による類似。光を透過する、光に透過された物による類似。差異が際立つのはしたがって当然のことである。モランディの絵画のなかの類似性は、批評家たちがかつてこぞって差異について言っていたこととは反対に、汲み尽くし得ないものとしてある。光は、淡い光もハレーションも含めて、すべてを似たものに近づける。たしかジャン・ルイ・シェフェールが『エル・グレコのまどろみ』のなかで言っていたように、光による類似があるのだ。コンポジションが変えられたとしても、それでいて類似性は充満する。もうひとつの平凡さ、もうひとつの平板さが姿を現す。その様は誰も見たことがないものであり、もはや凡庸とは似ても似つかぬものだ。もうひとつの陰翳、つまりもうひとつの暗がり、もうひとつの明るみがこれに関与する。これらの壜の単独性、その明るさは、細部が全体と相似であるという条件において、まさに類似のなかで現実化される最終的な光の様態なのである。魔術の解説をしているのではない。私が言いたいのは、現実は、少なくともモランディの絵画のなかに描かれた現実は、そうなっているということである。

                                      *
                                        
 久しぶりに谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』を読み返してみた。ベルナール・ラマルシュ=ヴァデルは写真家田原桂一について「写真的行為の諸様態」という見事な写真論を書いているが、そのなかに、写真家の目とカメラが捉え、写真が写し出す光の様態と特質をめぐって、谷崎のこの本についての言及があったからである。田原桂一の写真についてここで詳しく論ずることはできないとしても、彼の作品集『窓』もそうだが、それより前に見たはずの作家たちのポートレートを集めた写真インタビュー集『ホモ・ロクウェンス』もまた私にとってとても印象深いものであったことを言い添えておこう。私はそれらの作家たちのポートレートをいまでもありありと思い浮かべることができる。そればかりかラマルシュ=ヴァデルは、田原桂一の「窓」をマチスやロスコの「窓」の命題を覆すものだったと言っているのである。これが絶賛にほかならないことは言うまでもない。

                                       田原桂一『窓』より

 宇野邦一は新著『〈兆候〉の哲学』のなかで、このラマルシュ=ヴァデルの田原桂一論がほぼ完璧という印象を与える精緻なエッセーであると書いているし、また川端康成や芥川の言う日本人の「有終の美」や「末期(まつご)の目」、はたまたラマルシュ=ヴァデルの言う「日本人のベネディクト会的パラノイア」については、「かなり繊細な思考や感性をもつ西洋の人でさえも、アジアを外からながめるときには伝染してしまう〈エキゾティスム〉に彼もまた陥っていることを否定しようとは思わない」と述べているが、私もそれらのことに同感である。だが、ふざけた言い方ながら、われわれはラマルシュ=ヴァデルの味方である。さしあったてここで私が取り上げたいのは、ベルナール・ラマルシュ=ヴァデルのエキゾチズムについてではない。

 

 ここで谷崎潤一郎のことを長々と書くのは嫌だし、私は大谷崎の文章のうまさを認めることに吝(やぶさ)かではないが、彼のエッセー、この『陰翳礼讃』や『饒舌録』が、ラマルシュ=ヴァデルとは違ってどうしても好きになれない。
 たしかに光にはさまざまな質があり、闇にはいくつかの層があることを、谷崎は自家薬籠中の物を懐からでも取り出して、光と闇の手まりをうまく手なずけでもするように、説得力をもって、出だしは繊細な筆致で描き出しているが、それがどうして日本人と西洋人の光の捉え方の違いなどという結論に落ち着くのか私には合点がいかないのである。おまけに厠の話を筆頭に、光と影の質というきわめて繊細な問いかけからこの随筆が始められたにもかかわらず、あげくの果てに陰翳をとらえる能力が、あたかも肌の違い、黒人や白人や黄色人種などというものに関わっているなどという結論じみたことを言われた日には、そんな馬鹿な、大谷崎もただの俗物でしかなく、彼の美学はその悪趣味を映す鑑であったのではないかとしか考えようがなくなるではないか。彼の「趣味」とやらを百歩譲って尊重するにしても、この『陰翳礼讃』のなかで述べられた彼の和風美学から鑑みれば、神戸の岡本にあった恐らく彼が建てた唯一の家屋、阪神大震災でつぶれてしまった和洋中折衷のかなり奇矯な家のことを考えれば、いかにそれが歴史的には貴重なものであったとはいえ、まあ、余計なお世話であろうが、趣味の世界においておや、言行一致はなかなか難しかったのではないかと同じ日本人として少しだけ意地悪も言ってみたくなるのである。

 

 薄暗がりは薄明かりでもある。
 もちろん西洋絵画のなかの光、というか絵画のなかの光の質も、それ自体すべてが独特のものである。それに関しては光と影について谷崎の言うことに一理あるとしても、まったく反対の含意としてである。例えば、南フランスや地中海の風光、その光と影の質とは無関係であるとは考えられないニコラ・ド・スタールの晩年のタブローの明るさについて思ってみるなら、結局は自殺してしまったこの亡命ロシア人の絵には、明るさと、明るさだけによる陰翳がほとんど取り返しのつかない形で塗り込められているからである。このことは動かし難いし、ある意味では異様なことだった。グレコにとってのトレド、ヴァン・ゴッコにとってのアルル、セザンヌにとってのエクス、モランディにとってのボローニャなどなど、ある場所が画家にとって決定的であるということはあるだろう。その場所には独特の光が射していて、独特の暗がりがあるからである。谷崎があえて日本の暗がりについて言うまでもなく、画家たちの目からすれば、至極あたりまえのことではないか。

 

 夜であればいつ祖父の家の厠に行こうとも、あたりの闇からじめじめした冷気が伝わって来る木造の渡り廊下から、いつもヤツデの大きな葉っぱが闇のなかにさらにまっ黒い影を落としているのが見えていた。自らが不浄であるのか便所が不浄であるのかいざ知らず、不浄であるには違いなかった便所にそもそも行くのは怖かったので、どんなときもこのヤツデの黒い影が少しでも夜の微風に揺れていたりすると、なおいっそうの恐怖を覚えるのだった。私には白っぽくも見えた幾層をもなすこの闇の層のことはよく覚えているが、谷崎潤一郎が言うように、だからといって自分が真に風雅の骨髄を心得ているなどとはとうてい思えないのである。

 

 最後にベルナール・ラマルシュ=ヴァデルの「陰翳礼讃」ともいえる詩の一部を引用しておこう。陰翳礼讃とは光の礼讃でもある。詩は「カテドラル」と題されている。

    遺灰へと通ずる足音は
    薄暗がりのうちのいったいどこで響いているのか
    一年中陽に照らされて赤銅色になった
    希望のかけらに寄りかかる
    シルエットのなか
    上のほうに置かれた光の象嵌のあいだで。

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