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お知らせ(第83回 すべての帝国は滅亡するだろう)

第83回 2017年2月

 

 

すべての帝国は滅亡するだろう

 

 

鈴木創士

 

ゲルツェン『向う岸から』古典文庫
サント・ブーヴ『プルードン』古典文庫
E・H・カー『バクーニン』(
ブランキ『革命論集』(上・下)古典文庫(*現在は絶版)
ギュスターヴ・ジェフロワ『幽閉者 ブランキ』

 

 

 

 

  ロシア・ナロードニキの先駆けだった十九世紀ロシアの思想家アレクサンドル・ゲルツェンは、のちにヨーロッパ中を転々とすることになったが、さながらヨーロッパという断崖絶壁の上を彷徨う亡霊のようであった。社会主義の父であるこの亡霊はアナーキズムの父プルードンと協力し、アナーキストの亡霊でもあったわけだが、自治政府がプロレタリアート独裁を宣言したパリコミューンの最後の蜂起の前年にパリで没している。もちろんこれは偶然などではなく、歴史のなかから廃棄されるはずのない偶然がいっとき廃棄された証であった。モラルについては「非凡」であったこの作家の文章は、かつてのモラリストたちに似ていなくもない。かのバクーニンは若い頃ゲルツェンに影響を受けただけではなく、一八六一年に、シベリアの流刑地を脱出した後、当時ロンドンにいたゲルツェンのもとに身を寄せている。ロンドンのゲルツェンの家に入っていったとき、バクーニンはこんなことを言ったらしい、「なんだよ、牡蠣を食べているのか、いいなあ、だったら俺にもいろいろ教えてほしい、えっ、いったいどこで何が起きているんだ?」

 『過去と思索』とともにゲルツェンの主著と並び称される『向う岸から』のなかでゲルツェンはこんなことを言っていた。

 

  ――(…)背後には死が迫っている。死なんとする人のところに呼ばれた聖職者が、何をするというのだ? 看病もせず、うわごとに反駁もせずに、臨終の祈禱を読むだけだ。祈禱書を読みたまえ。ペテルブルグのツァーリの専制政治も、ブルジョア共和国の自由も、死刑宣告を下されたものは誰ひとり死を免れないということを、これを最後に確信したまえ。そしてそのいずれにもあわれみをかけないことだ。それよりむしろオーストリア帝国の崩壊に拍手を送り、半共和国の運命にはらはらしている軽薄で皮相な連中にこう言って説得するがいい。すなわちかかる共和国の瓦解はオーストリアの崩壊と同じように、人間と思想の解放にとって巨大な一歩を意味するものであり、いかなる例外もいかなる寛恕も不必要であって、寛容の時代は来なかったのだと。(…)テロルは人びとを処刑した。しかしわれわれの仕事はもっと容易なものだ。われわれは議会制度を死刑に処し、信仰を破壊し、古い世界に立脚した希望を一掃し、偏見を破り、決して譲歩したり容赦したりせずに、以前のすべての聖域に踏み入るように運命づけられているのだ。生まれつつある世界、昇りつつある朝日にだけ、ほほえみを送り、挨拶を送ろう。そしてたとえわれわれがその到来の時を早めることができないとしても、少なくとも、それを見ることのできない人に、それが近いことを教えてやることはできるはずだ。

 ――夜ごとヴァンドームの広場で、通行人にはるかな星を見るように自分の望遠鏡をすすめている、あの老乞食のようにですか?

 

 余談ながら、望遠鏡をつねに持参するこの乞食のことが妙に気にかかるのは私だけだろうか。この老いたる浮浪者とは誰のことなのか。天体好きのオーギュスト・ブランキのことなのか。たぶん違うだろう。まあ、とにかく星を眺めようではないか。

 ところで、一言述べておくなら、このところ日々私たちが見聞しているのは、白人至上主義のアメリカ帝国の瓦解が始まったということであり、あのお笑いツァーリ(君主)がツィッターで何を言おうが、帝国自体がもうそれをとどめるすべはないということである。最近では、笑ってしまうが、君主といえどもどん底まで落ちぶれることがあるらしい。君主の側近たちも、女性を含めて、理屈どおりにご立派なものである。歴史の教訓は無駄ではない。これがわれわれの時代の最低の現実、その禍々しい漫画なのだ。そしてこのぶざまな犯罪的漫画の存続にはわれわれの首相も一役買っていることを忘れないようにしよう。

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帝国は滅ぶ

 

 ローマは一日にしてならず
 千年にしてならず
 昨夜、ローマ帝国は滅んだ
 黒焦げの大地よ、猛烈な渦よ
 底なしの忍耐よ
 血の色をした満月が天頂にさしかかる
 天を汚す月、月経にまみれたポイペ
 俺たちはけっして働かないだろう
 おお、火の夜よ
 地獄の女は
 帝国の仮の守護神などではない
 玉座にはひからびた団栗がひとつ
 目のない栗鼠が一匹
 オリーヴの大木が轟音をたてて倒れたのだ
 砂塵をあげる駿馬のいななき
 そいつが遠くでさらに灼熱の陽を浴びている
 少年の王よ
 護衛の兵士に喉をかき切られ
 半身を虚しく探し求め
 あるいは自分の頸動脈を食いちぎる王よ
 おまえは玉座からころげ落ちる
 溝(どぶ)のなかへ
 厠(かわや)のなかへ
 未来永劫、空位は王の座である
 
 いかにアテナイが陥落しようとも
 いかに農奴ヘイロテスが生き残ろうとも
 スパルタは存続できないであろう
 頭上を旋回する禿鷹よ
 ハドリアヌスも
 蛮族でさえも
 スパルタの存続を渇望したのだ
 あの大地
 腕を切り落とされ
 首を切られ
 ごぼこぼいう喉の血で窒息した兵士が
 一面のヒースに顔を埋めたあの荒野
 花の匂いを嗅ぎ
 喜びいさんで
 図面を引かれた偽の至聖所、あれらの列柱のあいだで
 襤褸(ぼろ)でつくった深紅の垂れ幕みたいに
 随喜の深淵に落ちていった無数の死者たち
 予言者たちは
 顔を曇らせる
 荒廃した
 ゴミの舞う町はずれで
 冬の大熊座はカサカサ音をたて
 地平線を一周する
 かつてカエサルの見た空
 くだらぬ芝居かもしれぬ
 小枝が折れる音がする
 歴史を寝取られた間抜けどもがいる
 俺たちは昼も夜も広場をうろつき
 けっして働かないだろう
 おお、穢れた血の色をした樹液よ、朝よ
 
 いかにマルクス・アウレリウスの声音をまねようとも
 またいかに彼の叡智をまねようとも
 そんなものはスカンクの屁にも値しない
 エリュシオンの野に悪臭が満ちるだけだ
 やりきれない歳月、千三百年の徒労の日々よ
 血が流れたのは
 青髯の家だけではなかった
 神は歴史ではなく
 歴史は神ではない
 神々はいつも居留守の番人にすぎない
 竃の上で鼎(かなえ)がぐつぐつ湯気を立てるにも
 もはや手遅れなのだ
 裏切りはあったのか
 時を追い越せ
 追い払われたエリニュス、復讐の女神たちよ
 真鍮の爪は研がれていたのか
 すべての復讐はどこへ向かうのか
 何もないし、どこでもない
 民主主義は奴隷の民主主義である
 畸形の熱狂
 惑星は誘惑などされはしない
 俺たちはけっして働かないだろう
 あれよあれよという間に
 民族は歴史の夢から締め出される
 痩せ衰えた亡霊たちよ
 それが無数の民の白昼夢だったのだ
 
 神殿の残骸には風の音がわだかまり
 うずくまる
 老人がうずくまる
 こいつが悪魔の化身だ
 円柱は折れ、粉々になる
 大理石は汗をかき
 汗をかき
 うっすらと血のミルトの汗をかき
 手は震え
 塩の柱が崩れる
 神々の像は八つに割れる
 かけらの断面からは奇怪な顔が生え
 陽の光に溶けてしまうだろう
 昨日の朝露のように
 ゴエティアの書に記されていた悪魔の祖先よ
 夜になれば
 淫靡な仕事を始めねばならぬ
 そこはオアシスなのか
 地底のオフィスなのか
 俺たちはけっして働かないだろう
 腐った食糧が
 悪臭のする古い血が
 青い鼻汁が
 唾が
 汚物が
 糞尿が
 穴のなかに投げ込まれる
 詩人が追い出されたのではない
 そこから出て行くのは
 テレンティウスの喜劇を演じるあの役者どもだ
 むこうに霞む砂漠よ、涸れた井戸よ
 小石が舞い上がる
 神殿は砂と泥に埋もれて
 とっくに跡形もない
 
 パラティヌスの丘には
 ネロの亡霊などはじめからいない
 骨だけになった死骸もない
 猫の死体もない
 だが歴史は歴史が過ぎ去らないことを予見するだろう
 そう言い張ったのは
 神々だ
 すべての予兆は
 破壊されたおびただしいただの彫像のかけらである
 かけらを操るコンスタンティヌス
 世界の首はどこにある
 玉座の上にはぺんぺん草が生えている
 気持ちのいい風が吹いている
 緋色の蛮族たちよ
 迷信をたずさえて
 君たちはここまでやって来たのか
 寂しい八岐の庭園までは
 そう遠くはない
 おお、残骸よ
 もうカラカラの浴場が血に染まることはないだろう
 血のあぶくを水に映る空のなかに見たからといって
 民は何ひとつ感謝しないだろう
 汚れたティベリス河が滔々と流れている
 それが何だというのか
 ヘドロのなかには何があるのか
 俺たちはけっして働かないだろう
 血潮のなかに溺れなば
 我はいかに強からん
 強大なのはそんなものではない
 ミネルヴァの神殿は
 夕暮れにしか開かない
 見えるのは葡萄畑だけだ
 珍妙な祭礼があった
 裸体の若者がいた
 生贄は無駄だった
 ユピテルの月までは生き長らえられないだろう

(後半の詩文「帝国は滅ぶ」は雑誌『HAPAX 06』(二〇一六年、夜光社刊)からの転載です)

 

 

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