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お知らせ(第87回 真の生活)

  第87回 真の生活 - 2017.06.05

第87回 2017年6月




真の生活



鈴木創士


ギー・ドゥボール『映画に反対して  ドゥボール映画作品全集』エートル叢書2・3
ギー・ドゥボール『スペクタクルの社会についての注解』エートル叢書9
フィリップ・ソレルス『セリーヌ』エートル叢書21


Le ciel bleu sans nuage ni mémoire.

 青空。雲ひとつない。記憶の切れ端を探そうとも、記憶もない。

 このような眩暈の例をあげることはそうそうできない。記憶がないのだから、思い出す必要もないし、思い出すことはできない。プルーストのようにマドレーヌやあのくぼんだ階段を思い出すことは、プルーストでなければ、つねに人を鬱陶しい不埒な生と、見てきたような嘘のなかに引きずり込む。喚起された記憶のなかで、西洋風であれ東洋風であれ、明鏡止水の境地など新手の虚偽である。われわれの脳髄は忘却のノイズで破裂しそうなのだ。たまに警察沙汰になることだってある。プルーストはそのためにあれほど大部の本を書かねばならなくなったのだ。ほんとうは何のためだったのだろう、と思うこともあるにはある。プルーストは暗い部屋に引きこもって、時を「見出す」ことができるまでそれをやり遂げたのだから、拍手喝采、たいしたものである。

 ほんとうのことを言えば、今日はやや曇り空である。やがて空は晴れるだろう。間もなくだ。この擬似戦時下にあって、私はひとりっきりで平和を感じている。落胆と絶望と怒りと諦念そして平和。未来の、未聞の愛。空の下。空の下で何が起こっているのか。何も起こりはしない。少なくとも、たいしたことは。誰もが個人的なことで忙しいらしい。生活だって? ほんの少し微風を感じる。風景を見る人が風景そのものになることがある。いや、そうではない。それは記憶のなかでいつもいたずら娘のようだった母のように、つねに遠のいてゆくひとつのイマージュにすぎない。むしろどちらかといえば風景が風景を見る人そのものになることがある。
 西行ならこう詠むだろう。

 惑い来て悟り得べくもなかりつる心を知るは心なりけり『(山家集』)

 そこに新しい意味はないかもしれない。ずっと同じシャンソンが聞こえている。ただしほんとうにそれを幻想の耳ではない鼓膜のそばで聴いた者はひとりもいないだろう。われわれは風景をただぼんやりと見ているのだと勘違いしている。ともかくこの自分が外の風景を見ていると思っている。そうではないかもしれない。感覚の論理のなかに何らかの新しい大きな意味、外側からやって来る目覚ましい意味を探すことは無駄かもしれない(他から完全に独立し、運動しているのはただイマージュだけである)。そこには未来の詭弁に似た、すぐに忘却の彼方に消え失せる錯乱の開始の震えのようなものがあるばかりなのだ。つまりいつだって手遅れだったし、今もこの震えはいつも遅きに失している。言うまでもなく、われわれが瞬間に対してつねに遅れをとっていることはわかっている。

 惑い来て見ることさえもなかりつる君を知るは君なりけり

 昨日、隣人が亡くなった。救急車、三台のパトカー、消防車、私服刑事のセダン、オートバイ。道をふさぐように二つの非常線が張られた。ただ家族の肖像に突如悲しみが襲いかかっただけなのに、その光景は記憶に穴を開けるようにして突然侵入してきた。私の記憶。他人の記憶。
 今日の昼、司法解剖されたらしい遺体は家に戻されたようだった。夕方、おもてで近所の子供たちの遊ぶ声が聞こえている。

 『ある地獄の季節』のなかで、ランボーは「なんという生活でしょう! 真の生活がないのです」と言っていたが、この言葉は後にシュルレアリストたちによって別の使われ方をされることになる。「真の生活がない」は「真の生は不在である」と訳すことはもちろん可能である。なんと真の生がないのだ。なんとしても求めるべきであるのは、真の生活、真の生なのか。もちろん、そのとおりだ。シュルレアリスム以降の世代である、シチュアシオニストたちの運動を先導したギー・ドゥボールは、自分が監督した映画のなかで、恐らくかつての荒れ狂った青春時代(その情景のひと幕はエルスケンの『セーヌ左岸の恋』という写真集のなかに見てとることができる)を回想してこう語っていた。


 「真の生活への道半ばで、われわれはある暗い憂鬱(メランコリー)に取り巻かれていた」(『映画に反対して ドゥボール映画作品全集』下、木下誠訳)。
 スティーブンソン『宝島』の海賊の歌を引いて、「酒と悪魔が他の者たちを片づけた」ともドゥボールは言っている。暗いメランコリアは、ヴェネツィアでジョヴァンニ・ベッリーニと友だちになったアルブレヒト・デューラーの時代、芸術的でまだ神学的であった時代に人々を襲っただけではない。だがこの芸術とやらがいつも悲惨と背中合わせだったことを忘れてはならない。いつの時代も嘘がはびこっているが、暗いメランコリーは嘘ではない。おまけにメランコリーにとらえられているのは、デューラーが描いたような天使だけではなかった。ところで、先の引用の少し先でドゥボールは「無の箱」と「友情」についても語っていた…。
 ドゥボールの「真の生活への道半ば」と「メランコリー」は比喩ではなかった。喩えるべきものなど何もない。喩える者と喩えられる者たちが、この場合は一致しない。ドゥボールは喩えられる者たちのひとりだった。私もまた喩える者ではないことを自負している。なんの教訓もない。ドゥボールはたぶんそれに同意してくれるだろう。ギー・ドゥボールは、それは嘲りと悲しみが入り混じった多くの言葉が言い放ったのだ、と語っている。これらの若者たちが「天が興じるゲームの駒」だとも。あのドゥボールが! だけど、誰もがすべての息の根をとめることを渇望していたとはいえ、実際に、その瞬間、誰が自分のことを駒だと考えただろう。そんなことは無理であるし、実際、無理だったのだ。

 もっと別の不埒な生活がある。われわれは別の生活を強いられている。
 「わたしが今日の独裁政権を恐怖に感じるのは、それがまったくこれまでにない現象を形成しているからです。人はその結末を予測することができません。過去においては、どの専制政治も、いつの日か、最終的には転覆されました。でなければ、少なくとも倒されましたが、それはそのように「人間の自由な気質」が、当然のこととして、自由を熱望し、そうなることを欲したからです。しかし、この「人間の自由な気質」が変質しないと保証するものは何一つありません。まったく同様に、自由を渇望しない人種を創造することも起こりうるのです、角のない種の牛を作り出したようにです… ラジオと報道検閲に規格化された教育、そして秘密警察とで、すべては変わります。群衆操作はこの二〇年の間に生まれた科学で、わたしたちはまだそれがどこまで進歩していくのか知りません」(フィリップ・ソレルス『セリーヌ』、杉浦順子訳からの引用)。
 ジョージ・オーウェルはなんとこれを一九三八年に言っているのである。小説は、残念ながら、小説ではない。机上の空論が空論だったことは一度もない。ディストピアがどんな形態を取ろうがユートピアだったことはないが、ディストピアが現実でなかったことは一度もない。オーウェルは『一九八四年』を書くことによって、その恐怖を自らのカレンダーの上に読んだのである。それをカレンダーにナイフで彫刻するように刻んだのである。いまこそ君の周囲を見渡してみたまえ。オーウェルが旧ソビエトについて書いたこと、オーウェルが一九三八年に言ったことを、われわれもまた自分のカレンダーの上に読み取るほかはないのだ。なんということだろう!
 さらにソレルスが引用しているオーウェルの一九四九年のメモを書き写しておこう。
 「なんという声だろう! あまりに激しすぎる一面、愚直な安心感、どんな言葉に対しても向けられるはじけるような笑い、そしてなによりも本質的な悪意と結びついた、飾り立てられた重々しい言葉遣い。連中は… 彼らを見なくても本能的にそれを感じ取ることができるのだが… あらゆる知性と感受性と美の敵なのだ。誰もがこれほどわれわれを憎むのも無理はない」。
 それにしても完全に正面だけを向いてボケてしまった精神異常の敵があまりにも多すぎる! 小中学校の教科書に載せるべき文章のなかで坂口安吾が言っていたあの「馬鹿とキチガイ」のことである。

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