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お知らせ(第90回 戦争と麻薬)

  第90回 戦争と麻薬 - 2017.09.04

第90回 2017年9月





戦争と麻薬





鈴木創士


シャルル・フーリエ『四運動の理論』上・下
フィリップ・ソレルス『セリーヌ』エートル叢書21
《アリストテレス、われわれの賢者たちのなかでも名声とみに高いこの人物にしてからが、己れの学識に対しては憐憫の情を抱いていたものだ。彼の標語は「われ何をか知る?」というのであって、これこそはおそらく彼のいいえた最良の言葉であろう。》――シャルル・フーリエ『四運動の理論』
 タレントやスポーツ選手や有名人が覚醒剤で逮捕されると、知ったかぶりのバカのひとつ覚えのように連日マスコミが大騒ぎを繰り返しているさまはほとんど日常的に見ることのできる光景になってしまった感があるが、他に取りあげるべき重要なニュースはご存知のとおり山のようにあるのだから、これは滑稽なだけでなく、いささか常軌を逸していると言わざるをえない。いい歳をした大人が口角泡を飛ばしてする全員一致の過剰な反応は、おおむね本質的問題を回避し隠蔽しようとするわれわれの本性の裏面のようなものだから、こんなことはみっともないし大概にしておいたほうがいい。ついでにマリファナに関して言っておけば、早く解禁にして、薬理的見地からしてもアメリカやカナダやイスラエルのように大麻研究を進めて、マスコミはけっして伝えないが世界中がそうしているように医療用大麻を合法化したほうがいいと思われる。

 覚醒剤(アンフェタミンおよびメタンフェタミン)は「恐ろしい」クスリであるということだが、現在では立派に麻薬に昇格したとはいえ、もともと日本でも諸外国でも「向精神薬」(つまり睡眠薬や精神安定剤や躁鬱病の薬などのカテゴリー)に分類されるおとなし目の薬だった。かつてハーバード大学を受験するアメリカの高校生たちにとって、眠いまなこを覚ます勉強用のおクスリだったくらいだから、こんなクスリは、マスコミに登場するご立派な先生方やくだらないコメンテーターがなんと言おうが、どれほどのものであるのかはおして知るべしである。医療用で日本でも使用されているモルヒネやヘロインのほうがはるかに怖いクスリであることは言うまでもない。覚醒剤で殺人を犯すような人間はアルコールでも同じことをやってしまうだろうと私などは考えている。
 それはそうとして、しかし覚醒剤の社会への蔓延がすでにして動かしがたい事実であるのなら、他にやるべきことはいくつもあるだろう。日本の政府や行政は中毒患者の本格的治療や社会復帰にはほとんど関心を示さないではないか。実際に中毒患者に手を差し伸べているのは民間のNPOであるし、こんなことは先進国では聞いたことがないしあり得ない話である。言いっ放しの無責任ぶりを見ていると、行政もマスコミも世論もどこまでが本気なのかよくわからない。

 ところで、ドラッグの王様は、すでにギリシア神話に登場する阿片から精製される罌粟科アルカロイド系麻薬モルヒネとヘロインであるが(オウィディウスの『変身譚』には、罌粟の花が咲き乱れ、そこから阿片を抽出し、世界に振りまくきわめて美しい描写がある)、覚醒剤への異常ともいえる反応は、もしかしたら日本でヘロインが蔓延しなかったという事実が根底にあるからで、かわいそうなパブロフの犬の嗅ぎ鼻みたいなその反作用というか裏作用のようなものなのだろうか。日本にもヘロインが流行する土壌と条件は諸外国と同じようにあったのだから、不思議といえば不思議である。俗説では関西のその筋の今は亡き大親分がヘロインの密輸入を堅く禁じたからだとも言われているが、あまりに畏れ多く確かめたわけではないし、定かでないとはいえ、あり得ないことではないし、この大親分に日本社会は感謝すべきなのかもしれない。

 ともあれ、日本人の覚醒剤コンプレックスには幾つか理由を考えることができるのではないかと思う。別段、私や君たちにそんなコンプレックスがあると言いたいわけではけっしてないが、麻薬に関する汚いスパイ活動を繰り広げてきた元マトリですらも堂々とテレビに登場できるこの結構なご時世、マスコミや世間の反応を見ていると、そうとしか言いようがない。どうやらこのコンプレックスの元には歴史的なトラウマがあるらしいとしか考えようがないのである。
 ひとつは咳止めである覚醒剤の原料エフェドリンはもともと明治時代に長井長義博士によって発見され、そこからメタンフェタミン(覚醒剤の成分)が同じ長井博士によって抽出されたということ。つまり覚醒剤はわれらが日本人による誇るべき発明なのである! もうひとつは、覚醒剤が第二次大戦前後の日本帝国軍部との抜き差しならぬ深い関わりがあったという点である。
 近代における麻薬と国家の関係は何も阿片戦争のイギリスに限ったことではない。戦前の日本はある時期世界一のアヘン生産国であったし、列強はみな中国への阿片系麻薬の輸出をさかんに行っていたが、最後にそれを一手に引き受けた感があったのは日本である。日本のみならず諸外国の誰もがこれで大儲けしようとしたこの国際的問題が裏にあったからこそ、日本の国際連盟からの脱退まではひとっ飛びだった。しかしアヘンだけではない。この満州その他への阿片政策とは別に、軍は覚醒剤を大量生産したのだ。戦闘用の麻薬としてである。覚醒剤の薬理作用には、人を元気にする、恐怖心をなくさせるという効果があることがよくわかっているからである。
 特攻隊の「別れの盃」に覚醒剤が入っていただけではない。例えば、海軍のK中尉はB-29を続けて五機も撃墜したすこぶる優秀なパイロットとして有名だったが、出撃前に覚醒剤を注射されていたことを後に述懐している。彼は自分は中毒患者だったと告白している。より正確にいえば、軍部の上官によって中毒にされたのだ。だがこの大量の備蓄品は戦闘用だけで済んだわけではない。

 戦中戦後の日本の「市販の」覚醒剤ヒロポン(メタンフェタミン)やゼドリン(アンフェタミン)は、大量に貯蔵していた軍の覚醒剤が元になっていたのだし、軍部は流通にも関与していた。中国にあった余った大量のアヘンを横流しして、関西(特に神戸)あたりの一部の戦後成金をつくっただけではなかったのだ。これらの軍の戦闘用のクスリが戦後の日本の覚醒剤大流行をつくりだしたのである。覚醒剤の使用が覚せい剤取締法によって厳しく制限されだしたのは昭和二十六年になってからであるし、その後も不法な製造と密輸が続いたことは言うまでもない。
 戦後へと延命し続けた軍と製薬会社の関係は何もあの悪名高いミドリ何とかという会社だけではなかったはずだが、オスカー・ワイルドに倣うなら、そもそも「緑色研究」には「毒」が含まれていたのだし、誰もがそのことを知っていたのに知らんぷりを決め込んだのである。最近でもまともな人間なら誰もが薄々感じているように、日本とはそういう国である。

 もちろん、戦争と麻薬が密接な関係をもっていたのは日本だけではない。こちらは戦闘用というよりも罪悪感を失わせるためであるが、ベトナム戦争では、あまりにも有名なソンミ村の虐殺を含めてベトコンや民間人を殺戮するためにアメリカ兵はヘロインを投与されていた。キリスト教徒には原罪があるのだから、なおさら罪悪感の問題は由々しき問題だつたのだろうか。東ティモール紛争では、CIAの研究と入れ知恵で特殊なドラッグが民衆を殺戮するテロリストたちに配られ、使用されたと言われている。もちろん、キリスト教徒でない人間にも罪悪感なしに平気で誰彼かまわず人殺しをできるようにするためである。あるいは、筆者の考えでは、天安門事件の際に、丸腰の学生たちを射殺し戦車で轢き殺した中国の人民解放軍の兵士たちは覚醒剤を摂取していたと思われる。
 イスラム系ゲリラ(後のビンラディンたち)を支援するためにアフガニスタンでまず最初にCIAがやったことは、麻薬をめぐる極秘作戦であり、麻薬輸送のルートをつくることだった。これは後に武器輸送のルートとなった。面白いことに、武器・麻薬・美術品の国家的あるいは国際的シンジケートの密輸ルートは同じひとつのラインであるという説があるが、そうでなければ例えばイラク戦争のさなかにどうやってあれほどのメソポタミア文明の美術品を国外に持ち出すことができたのか説明できない。あれらのシュメールやバビロニアの遺物はきっとそのうちアメリカやイギリスのオークション会場に登場することだろう。

 さらにごく最近の話ではフランスやベルギーでテロをやったイスラム国ISの戦闘員は「カプタゴン」(アンフェタミン)を摂取していたようである。そしてかつて哲学者サルトルが服用していたことで有名なこのカプタゴン(そのために『弁証法的理性批判』を書いた後サルトルはぶっ倒れてしまったとボーヴォワールは回想していたはずだし、最近ではフィリップ・ソレルスが『天国』を書くときに使用したことがあるとインタビューで答えていた)は、かつては処方箋があれば合法的に買うことのできたヨーロッパにおいてもすでに禁止薬物に指定されているが、現在ではヨーロッパ産のこのクスリがシリアやサウジアラビアに大量に貯蔵されているというのだから、ISの戦闘員たちは戦闘用に限らずあらゆる活動領域でこれを使用しているということなのだろう。他には、北朝鮮が国家規模で覚醒剤を製造し密輸出し、それがあちこちの売人たちの手に渡っていることは周知の事実である。

 テロリズムが国家を背景としているとすれば、同じように戦争への麻薬の関与はかつても今も国家レベルで行われたのである。まさしく日本軍も戦争で「仕事」をさせるために覚醒剤を使用したのだった。このことを強調しておきたいと思う。現在でも、なんと自衛隊法には「麻薬及び向精神薬取締法等の特例」というのがあって、部隊や保管所での麻薬および向精神薬の譲り受けや所持が認められているのだ!!! もちろん覚醒剤もオーケーということになる。一般人や作家やミュージシャンが覚醒剤を使用したら、人間をやめろとまで言われるのに、兵士のためにはこれを使用することが今も法律的に許されているのである。戦争と麻薬。その永遠の関係はこれほどの覚醒剤コンプレックスの国でもまるで摂理のように変わることがないらしいのだ。

 かつて日本の覚醒剤は戦中戦後を通じて「労働のための薬」であった。まだ合法だったヒロポンの戦後の使用者は285万人に達していた(何しろ285万人だぜ!)。すでに覚醒剤取締法が設けられた後の一九五四年に始まる第一次覚醒剤乱用期には、中毒患者は、再びなんと、50万人いたと言われる(でもこの信じられない数の使用者や中毒患者たちのうちのいったい何人が、人殺しや無差別殺人などの大罪を犯したのかマスコミに教えてもらいたいものだ、大山鳴動して鼠一匹……)。当時、作家の坂口安吾や芸人のミヤコ蝶々や正司歌江さんたちがヒロポンを常用していたことは有名な話である。この頃はみんなまずは「仕事」のために覚醒剤を使用したはずであるし、やめる気になった人はみんなやめたのである。ヒロポンの語源は恐らくギリシア語のPhiloponosであろうと思われるが、これは「仕事好き」、「仕事への愛」を指している。
 覚醒剤禍。日本人は仕事が好きなだけなのか。寺の小僧が覚醒剤をやったら、一日中日が暮れても庭の同じ場所を箒でずっと掃いている、というアレなのだろうか。いや、日本人だけではない。ナチスの絶滅強制収容所の入口には、銘として「労働は人を自由にする」というスローガンが掲げられていたが、それは単なる血塗られた冗談ではなかったのだ。戦後フランスの作家ボリス・ヴィアンは、「戦争は労働のなかで最も困難で、最も堕落したものだ」と言ったが、戦争を遂行する国家はそれを知らず知らずのうちに軽減させ忘却させるために麻薬を使ったのである。なんとももったいない話である…。そのことを今後も忘れず心に留めておきたいと思う。
(本稿は、残念ながらさる左翼系の新聞によって掲載を拒否された「戦争と覚醒剤」という文章が元になっていることをお断りしておきたい)

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