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お知らせ(第102回 道元迷走ノート)

第102回 2018年9月





道元迷走ノート





鈴木創士


石井恭二『正法眼蔵 覚え書
石井恭二『心のアラベスク



 もちろん私は『正法眼蔵』に通暁しているわけではないし、般若心経や観音経の一部など、お経は少しは空で読めるが(どうしてなのだろう?)、果たして禅の修業をしたこともない。できるはずもない。たとえ悟りがすべてからの覚醒の謂であるとしても、悟りを得ようとしたこともない。なんにもなしである。子供の頃、出家という、とにかく何かから外へ出てしまうという一種の出奔自体には憧れの気持ちがあったようであるし、かつて尊敬すべき仏教思想家、仏教徒がいたことも少しは知っているが、隣の和尚は虫唾が走るほど嫌いである。仏教家が白タビと呼ばれたり、和尚が俗物であったりしてはならない。一休や蓮如の後、かつてのように、名だたる仏教思想家が日本には何百年もどうして出ていないのかと思ってしまうこともある。

 そうではあるが、『正法眼蔵』をすみずみまで知る故石井恭二氏の謦咳に接してから、折あるごと、事あるごとに、道元が気になるようになった。生前、石井さんは、若い頃埴谷雄高に道元を読めと言われたのだと仰っていた。
 『シュルレアリスム簡約辞典』に、臨済録の「仏陀に会ったら仏陀を殺せ」という言葉が引用されていて、面白がったりしてはいたが、特別、禅の思想に関心があるというわけではなかった。ただ道元は私にとって木のように思える思想家であった。どんな思想家や文章家のなかにも、根もあり枝も葉もあり幹もある木のように思える人はあまりいない。いつだって木は気になるものであるし、ニーチェが言っていたように、木はそのつどつねに新しいのである。木には私の苦手な「体系」があるというわけである。これは日本の思想のなかでは珍しい。
 ところで、先日、京都のお盆の送り火の日に、超絶ノイズギターの山本精一氏と爆音共演をやったのだが、お盆だったからなのか、われわれの音楽がほぼ地獄の沙汰のようだったからなのか、それとも酔っ払って丑三つ時を過ぎてまで灼熱の京都にいたからなのか、お盆をお盆から切り離し、無視することができなかった。それで仏教のことが脳裡をよぎったのである。その日、生きているお化けのような連中以外に本物の幽霊を見ることはなかったが、なんだかずっと自分の周りが抹香臭い感じがしていたのである。かつて私は京都で死んだことがあったのかもしれない。私の墓はどこにあるのか。私は自分で自分を供養しなければならないのであろうか。ジャン・ジュネは日本を訪れた際、全学連のデモを見に行って機動隊に睡眠薬入りのボンボンを平然と手渡したりしていたようだが、お盆という風習にもいたく感心したものだった。彼はよほどお盆が気に入っていたらしく、そのことを幾度か書いている。
 京都は今も昔も死者たちの町である。現代の都市計画者や建築家はまったく理解していないようであるが、生きている者だけが町をつくっているのではない。この死の地下水脈は時間の流れを簡単に超越してしまう。歴史はこの超越と交錯、解決不能の断絶、沈滞、沈殿、要するに「生の停滞」と「死」の取り返しのつかない混淆からできている。この歴史の生き様を理解し感じ取るのは、和尚などやっていない京都の街に暮らす庶民であっても簡単なことであるが、その意味では、この生と死の、過去と現在の混淆を前にすれば、未来など鼻くそみたいなものである。
 京都の死者たちにはこんな風に仏教が似合う、ということもあるだろうが、そういうわけで不埒にも道元禅師のことを思い出したのである。それは私の勝手である。大昔、日本の曹洞宗の開祖となる前に道元が修行したといわれる寺で、若い頃、私は何をするでもなくしょっちゅうぼんやりしていたことがあった。それも何かの縁なのかもしれないと今にして思うのだが、どうだろう。境内にいると、いつも幼稚園児たちの歓声が風に乗って聞こえていた。私は私の身体もろとも変性状態にあったのだろうし、私は自分の外に出ていかねばならなかった。当時は、道元も何も知ったことではないし、仏教などどこ吹く風という体たらくではあったのだが……。


 「人、舟に乗りてゆくに、めをめぐらして岸をみれば、きしのうつるとあやまる」。人が舟に乗って進みゆくとき、目をめぐらして岸を見れば、岸が移ってゆくように錯覚する。だが、そうなのであろうか。われわれはずっと岸が動かないと思っている。動いていると思うのは愚か者であり、浦島太郎のように相対性理論の旅から戻って一気に老人になっていなければならない。岸が移るように錯覚するのは、舟がすでに岸辺を出発し、そこを離れ、われわれは人生からの死からの逃亡の途上にあるからである。道元に倣えば、それぞれの現象はわれわれの認識のなかにはなく、覚知と非覚知は、巡り巡って、あるいは宙返りをするように同じことなのである。
 
釈迦如来が云う「雲が駛(はし)り月が運(めぐ)り、舟が行き岸が移る」は、「雲の駛る」とき、「月は運る」である、「舟行く」とき、「岸移る」である。ここに説かれている主旨は、雲と月とは同時し同道して同じく歩み同じく運行する、始まりがあり終わりがあるというのでもなく、どちらが先どちらが後というのでもない。舟と岸とは、同時し同道して同じく歩み同じく運行する、これは起こり止まるというのではない、流転するというのではない、たとえ人が生きることについて考えても、人が生きているのは起こり止まるというものではない。己れの出生を人は知らず死も人は知らない。生也全機現(しようやぜんきげん)、死也全機現(しやぜんきげん)である。何時始まり何時止まるということを人の生になぞらえてはいけない。人は自分と同時し同道して同じ歩みを運ぶのだ。雲の走りも月の運行も、人が舟で行き、岸が移るのも、みな同じようである。舟が岸を離れれば、岸は舟から遠ざかる、人が舟で行き、岸が移るのは、相対であるとともに、絶対である。愚かにも小さい量見に捉われてはいけない。雲が走るのは東西南北を問わず、月の運行は昼夜を通じ古今にわたって休むことがないという、ここに云われる主旨を忘れてはならない。人は舟で行き、岸が移る相は、過去現在未来を通じてかかわりない相であり、過去現在未来の時さえも人にとって同じである。こうしたことによって、この言葉は今もなお円満に現成している。
(『正法眼蔵』、「都機(つき)」、石井恭二による現代語訳、以下同様)
 
 月であれ、運行する舟であれ、飛び去る雲であれ、それは現象の譬えなどではない。月が一歩することは覚知のなかの一歩であり、同じことであると道元は言うのである。逆に釈迦の円満な覚りの歩みもまた、同時に、月の運びであり、月の営為と同じことを意味する。月が空を渡るのが譬喩ではなく現実に起こっていることであるように、釈迦の覚りと言われるものも、雲間を動きつつある孤絶した月の、寂寞たるひとつの相に他ならないのだと道元は言うのである。月は満ちたり欠けたり、変化の相をもっている。月は月を呑み込む。月は月を吐き出す。ある相は別の相を呑み込み吐き出す。そのときこそ、これだけが、そのつど月のその時の現成なのである。真理はつねに現れている。月はここで何かの機会であることを失うと同時に、すべてのものの機会となるのである。生はすべての機会のなかにすでに現れており、死もまた同様である。そうであれば生には始まりも終わりもない。生まれる前も死後もまた生である。山川草木すべてに仏性が宿り、時は存在であるとする道元の唯心論は、したがって半分は唯物論的な傾きをもっている。仏性があるのであれば、山川草木すべてが成仏するのであれば、同時にだからこそ山川草木はすでにわれわれの眼前に在るのである。

 それにしてもこの「都機」の巻の道元の筆致はとても美しい。これが私のとりわけ好きな巻であることに変わりはない。
 
盤山(ばんざん)の宝積(ほうしゃく)禅師は云っている、
  心月孤円にして、
  光は万象(ばんしょう)を呑む。
  光は境(きょう)を照らすに非ず、
  境また存するに非ず、
  光と境とともに亡(もう)ず、また是何物ぞ、
と。
ここに云うところは、諸々の覚者やその覚りを正伝する弟子の心には、必ず心性としての月があり、月のような心が伝えられているからである。水中の月と同じように心に月を宿しているのである。孤円というのは、ひとり寂然として円であり、欠けるところのない真円である。数をもって表せない現象を万象という。万象はすべて月の光に没して万象であることを失う。

 月明かりが射している。すべて目に見えるものは月の光に没し、万象は万象の後ろに姿を消す。水に映った水月のごとく、昨日の月のごとく、そしてわれわれの心もまた月を宿している。「仏の真なる法身は、猶(なお)虚空の如し、物に応じて形を現すこと、水中の月の如し」。水のなかに月が映り、それが流れていく。雲間を月が流れる。雨上がりの蜘蛛の巣に月光が光っている。昨日の月は今日の月ではなく、われわれの姿も心もまた同断であるが、月の真の姿は消えたり出たり、そこにその瞬間に現成している。

 大昔、深夜に銀閣寺の庭に忍び込んだことがあった。冷たい月光が砂でできた向月台に反射し、銀沙灘が光っている。ここ、地球の片隅から、人の姿が消える。身を切るほどの冷気、恐ろしい静寂。火星の光景を見たことはないが、これがこの世の光景であるとは思えなかった。全と個の違いを、境を私は見失っていた。私は絶句した。絶句は空中にとどまっていた。言葉のなかの主辞と賓辞の関係はぐらつき、ひっくり返り、ただ蒼白い月の光だけがあたりを領している。数を数えることに、差異を名づけること、名指すことに、もう意味はなかった。この世は幻影であり、この世はこの世の表面でしかなかった。そして私も、そしてお前も消え失せる。
(この稿続く)


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